推しのためなら惜しけくも~壁打ち喪女最推しの特撮俳優は親友の息子で私に迫ってきます

16 秘策

 夢洲サーキットに、視察にきたガントレットスタイカースタッフ一同。
 監督の他に脚本家もいる。現在ガントレットストライカーの視聴率も玩具の売上も良好で、映画にかかる期待も大きいのだ。

「平岡監督。横原さん。ちょっとしたお願いがあるんだが……」

 監督の平岡と脚本家の横原が話して構想を膨らませているところで、垓が二人に話し掛けた。

「おや。垓君が珍しい。なんだろうか」
「一人、俺のコネ訳でねじ込んで欲しい子がいる。できればCGとマネキンで間に合わす予定だった蜘蛛の女怪人ダークウィドウ。あれがいいんだが…… 無理なら端役でもいいし、ただの通行人でも構わない」
「ほう。どんな子かね。君がいうんだ。ただの女性とは限らないだろう?」
「ソウ君と同じ如月さんのマークシープロダクションに所属していましてね。本人はエキストラ程度しか演じたことがないんだが、少々もったいないと思ってね。最悪ギャラは無くてもいいぐらいだ。俺が持っている写真はこれぐらいか」

 そういって垓はゴスロリの女性が映っている画像を差し出した。

「ん? 普通にこのまま使えそうな逸材じゃないか。名前は?」
「本名しかないですね。更井更紗さんです」
「更紗さんか。ほー。どう思う。横原君。悪くはないんじゃないかと思うね」

 脚本の横原のほうが平岡よりも若い。食いつきも彼のほうが上だった。

「ダークウィドウのイメージにぴったりですね。秋月環に弟の面影を見いだしてしまい、敵として憎みきれず死ぬ、普段は人形。漆黒の女怪人! ゴスロリか。確かにいける」
「うまくいけばゴスロリのブランドとコラボも狙えそうだな。どういう筋の人間なんだ?」

 垓はにやりと笑い、二人を招き寄せる。垓がこんな内緒話をすることなど非常に珍しい。さらに興味がかき立てられる二人。
 垓は小声でこう囁いた。

「天海ソウ君の母親の、親友なんですよ彼女。同い年です。三十代の女性キャラは主婦層に共感を得られると、如月社長も仰っていましたね」
「え? 三十代かね。二十代に見えるが……」

 監督は半信半疑だ。天海ソウの母親は知っている。何度か挨拶に訪れたことがあるからだ。
 その彼女の親友というなら、コネ枠でねじ込んでもいけるだろうと踏む。人脈は大切だ。天海ソウという輝く逸材に恩を売ることにもなる。

「見えないなー。面白い! うん。ゴスロリだと蜘蛛というイメージもしやすいね! 演技が下手でも立ってもらうだけでいいし。どのみちマネキンなら声優を起用する予定だった。最悪声は声優にあててもらえばいい。これなら二人増やせる上に、予算の負担も少ない」

 横原は完全に乗り気だ。新人声優ならギャラも抑えられるし、ガントレットストライカーシリーズ出演という箔もつく。予算的にも十分ありなアイデアだった。

「しかしダークウィドウは出番がそんなにない。長くても五分程度だ。それでもいいのかね?」

 マネキンで代用し、退場シーンでは派手にぶっ壊す予定ぐらいしか構想が無かったキャラだ。

「十分過ぎるぐらいです。一考してください。彼女、大の特撮好きなんですよ。俺も一度差し入れをもらったことがあります」
「特撮好きならなおいいね! 採用する方向で検討しよう。如月社長もそういう層を狙っているということは身元もはっきりしている。私から話を通そう」
「お願いします」

 これで更紗は正式な関係者となった。垓の計画通りだ。多少のスキャンダルなど、共演仲間で押し通せる。
 五百旗頭垓と如月遙花二人の、強引かつ公にしてしまうという最大の秘策だった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「なんなのー。急展開すぎるよー」

  いつものようにベッドの上でごろごろと転がっている更紗。

 ベッドの上でカレンダーを見る。
 蒼真さんと遊んだ日が木曜。社長から電話があったのが金曜。そして明日の日曜に、ゴスロリを着て夢洲サーキットでスタッフに挨拶しにいくことになった。

「一週間で二回もゴスロリ着て大阪いくなんて…… もう知り合いにばれたら死ぬしかない。いいや芸能事務所所属のほうが…… ああ、もう!」

 スマホが鳴る。結からだった。

「もしもし」
「女優デビューおめでとう! 更紗!」

 思いっきり笑っている。

「なんでこうなるのよー!」
「あなたの人徳ねー。私からも推薦しておいたわ。あとは垓さんからの推薦もあったらしいから、そりゃ通るわ。これが人徳ではないなら、何といえばいい?」
「うー!」
「唸らない! エキストラでも女優なんだし」
「コネとか、本当の女優さんたちに申し訳ないと思う」
「コネがない世界なんてないよ。コネがなくて蒼真がどれだけ苦労したか」

 真顔に戻る結。

「私にいわせれば、端役にさえ推して貰えない事務所を恨めっていいたいわよ」
「最悪立っているだけでいいっていわれてほっとしてる。エキストラ枠だよね?」
「向こうもコネ枠の素人だって理解しているからね。そんな難しい役はないんじゃない? 東京来て貰うことにもなったけど」

 結は更紗がどんな役に振られるか知っているが、当人はよく把握していないようだ。ここは秘密にしておいたほうが面白いと思い、すっとぼけることにした。

「放映中の終盤通行人のエキストラを二回ほどやることになったよ。遠征は慣れてるから構わないけどね」
「独身じゃないとこんな活動は無理よー? 夢が叶った感じ?」
「女優になる夢なんて持ったことはないんだけどね!」
「公式にガントレットストライカーに関われるんだからね! 夢は叶ったでしょ!」
「そうなんだけどさ! 複雑なんだよ! 蒼真さんも何も教えてれないしさー」
「蒼真さん、ねー。へー。ふーん! やるねー蒼真!」

 結が電話の向こうでにやにや笑っている。更紗は顔が真っ赤になった。

「ごめん! 違う。何もないから!」
「何もないことは知ってるよ。あったら推薦なんかしやしないからね」

 ケラケラ腹を抱えて笑う結。

「そ、そうだよね」

 ますます顔を赤らめる更紗。なぜだかわからないが無性に恥ずかしい。

「我が息子のことながら複雑な心境だけど、あんたたちのほうが面白いわ。旦那もどうしてそんな話になるんだと笑い転げてたよ」
「結の旦那さん、相変わらずだね」

 気さくで頼りがいのある人物だ。昔はやや暴走気味だったが結と結婚してちゃんと責任は取り、今も仲のよい夫婦が、その人物を物語っている。

「旦那も応援してるってー。女優としても蒼真も。もう息子に嫁候補かあ、ってビール飲んでいたわ」
「再会してまだ二回だよ?」
「一緒に風呂まで入った仲だしなー、って旦那も認める仲なのに」
「うわー。そういう昔話を掘り返さない! 結たちが育児放棄されたと勘違いされかねないよ?」
「女優がそんな言葉遣いしないのー。更紗に蒼真の面倒を押しつけたのは事実だから否定はしないよ」

 完全にからかわれている。

「からかうために電話してきたのね!」
「それもあるけど」

 大笑いしながら、結が肯定する。

「少しは否定しようよ」
「何がいいたいかっていうとね。あなたたちの味方は思ったよりも多いってこと。不安になる必要はないからね」
「うん。実感してる……」

 結は母親として二人を応援していると明言したのだ。

「ありがとね結。東京いった時会おう」
「無理はしないで。これからは大変よ。体調を崩さないようにね。じゃあ、おやすみ更紗」
「おやすみ結」

 昔ながらの、やりとり。
 友人が応援してくれている。推しの母親という事実を除けば、今も変わらない関係だ。

(ありがとね。結)

 不安だった気持ちはどこへやら。
 穏やかな気持ちで明日の準備にかかる更紗だった。
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