推しのためなら惜しけくも~壁打ち喪女最推しの特撮俳優は親友の息子で私に迫ってきます

29 ラストシーン

「ダークウィドウ! お前はまだ間に合う!」
「私はもう戻れない。――お前と違ってな。永遠の若さを願った浅はかさ。嗤うがいい」

 ダークウィドウは秋月環を見下ろしながら宣言する。

「救いがあるというのなら。この身を討ち滅ぼしてみよ」

 ダークウィドウはネックレスに触れる。

「ダークウィドウ!」

 秋月環は目を逸らす。化け物に変身するダークウィドウを見たくなかったからだ。

「最後に告げる。――お前は死ぬな。秋月環」

 そういってネックレスを掲げるダークウィドウだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「はい。カット! 二人ともいいよー!」

 監督は上機嫌。
 イメージ通りの映像を撮れたからだ。

 二人はいったんその場を離れる。

「あー。緊張する」

 ようやく息を吐き出せた更紗。

(ダークウィドウは永遠の若さを欲して怪人になった。もう狙いすぎじゃない脚本! 横原さーん!)

 あまりにも更紗によった設定に変更されているが、気のせいだと信じたい更紗だった。

「ダークウィドウも板についてきたな」

 蒼真が笑いかける。

「新人女優には精一杯!」
「俺も初撮影日には緊張してガチガチだったよ」
「そうだよね」

 二人は楽しげに笑う。

「次のシーンで最後かあ」
「あと一回収録あるって」
「別取りだよね。撮影はシーン順ではないって知っていたけど実際やると難しいね」
「慣れるよ。次回の企画も上がっているし」
「おお、すごいー」
「いや。黒井サラがだよ? Vシネマって聞いたかな」
「え? 聞いていない!」

 人気キャラや外伝エピソードはVシネマ系の番外編が制作される。
 歴代ガントレットストライカーの人気は、この番外編の多さが如実に直結する。人気が出なかったら、Vシネマも少ない。

「映画のインプレ映像も好評らしいから早めに動きがあるかもって。監督がいっていた」
「本当なら嬉しいな」
「いよいよ女優黒井サラの本領発揮だな」
「やめてー」

 そんな二人の空気を、周囲のスタッフが和やかに観察している。
 天海ソウはいつも空気が張り詰めていた。黒井サラが現場に入ることで、和やかになっているのだ。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 倒れているダークウィドウ。

「ダークウィドウ!」
「私は敵だぞ」

 口から血を垂らしながら、苦しげに秋月環に告げるダークウィドウ。

「――お前は生きろ。秋月環」

 そう呟いた瞬間、力を無くして崩れ落ちるダークウィドウ。
 死ぬな、から生きろへ。彼女の心中はいかに。

「愚かな女だ。せっかく永遠の若さを授けてやったのに」

 凶悪な様相をした怪人が出現する。

「ラゴウ! 貴様が彼女を騙した! ダークウィドウは知らなかった。若さを保つのに他人の命が必要などと!」
「それぐらいの代償は必要であろうさ。いい見世物になった。ガントレットストライカー嵐牙もいない。あとはお前だけだ。ガントレットストライカー紫雷!」
「誰が死んだって?」

 高笑いするラゴウの哄笑が止まる。

「疾風! お前生きて……!」
「ダークウィドウが助けてくれたんだよ。向こう見ずな秋月をなんとかしてやれってな! 行くぞ環。まだ戦えるだろう?」
「……わかった。装着!」
「装着!」

 二人がガントレットを装着した。



「はいカッート!」

 監督の一発OKが出た。
 起き上がり、ほっとする更紗。

 蒼真の差し出した手を取り、起き上がる更紗。

「これで私は映画だと塵となって退場になるのね。楽しみ」
「あと1シーン撮影が残っているよ。油断は禁物」
「はい」

 素直にアドバイスを受け取る更紗。

「さすがは先輩やな」
「茶化すな健太」
「次は疾風とダークウィドウの回想シーンやで」
「そうなんだよねー」

 最後の1シーンは別撮り。殺したはずの村雲疾風をダークウィドウが助けるシーンだった。

「俺にもそんなシーン欲しいな」
「こらこら。俺を睨むな。脚本やし」
「横原さん、最初のプロットよりもかなり実際の俺達に寄せてきている気がする」
「ソウさんも? 私もそう思っていた」
「感じるよなー」
「完全に身内ネタやんな」
「演技はしやすいよ! 横原さんに御礼をいわないと」
「映画の打ち上げもあるから一緒に」
「はい」
「おい。俺も混ぜんかーい」
「そうだな」

 打ち上げはみんながいる場だ。むしろ健太がいてくれたほうがいいと判断する蒼真だった。

「あと一回か。撮影がつつがなく終わりますように」

 そう願う更紗だった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆
 

 暗がりのなかで目覚めた村雲疾風は周囲を見渡した。最後の記憶は変身したダークウィドウに崖
 ロープのようなものでがんじがらめにされている人々がいる。
 変身用ガントレットも傍に置かれている。破壊はされていないようだ。

 彫像のように立つダークウィドウに気付いた。

「ダークウィドウ!」

 ダークウィドウは疾風にはあまり興味なさそうに一瞥をくれるのみ。

「なぜ俺を助けた? さらわれた人々も生きている。何故だ」

 ダークウィドウには、若かりし頃の弟が映し出される。
 その人物は秋月環にうり二つだ。

「姉さん! もうやめてくれ!」

 その幻影を無言で眺めるダークウィドウ。憂いを帯びた顔はどこか寂しげ。

 それも束の間。いつしかその幻影も消えていた。

 残された疾風を見下ろしながら告げる。

「――お前にはやるべきことがある」

 ダークウィドウは踵を返し、立ち去ろうとした。

「やるべきこと? 何を! こたえろダークウィドウ!」
「自分で考えろ」

 振り向かず、ただその場を離れていくダークウィドウ。
 去りゆく女を見送るしかできない疾風。

「くそ。やることがあるならこの拘束を解いていけっていうんだ。みんな、待っていろ。今助けてやるからな」

 ガントレットを口にくわえ、もがく疾風だけが残された。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「はいカッート! 三人ともいいよー!」

 監督の上機嫌な声がスタジオに響いた。
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