推しのためなら惜しけくも~壁打ち喪女最推しの特撮俳優は親友の息子で私に迫ってきます

28 オフレコ

 鷹揚に構える取締役。こんなことでは動じたりはしない。

「オフレコだよ。いっそ二人に映画版の玩具の宣伝を担当してもらってはどうかな」
「二人とも喜ぶと思います」
「二人とも、か。ダークウィドウのアクセも作りたいな。ほら、母親層に訴求できる」
「それはありですね。ねじこみますか」

 まったく別の方向に話が進んだようだ。しかし打ち合わせでアイデアがでるなど、よくあることだ。

「大宮さくらとはありえませんが万が一、その二人がスキャンダルに発展するようなら、その時はお仕置きをお受けいたします」
「申し訳ないが、その時は主婦層へのアピールに使わせてもらうよ。夢があっていいだろう?」
「そうですね。マーケティング的にも三十代四十代女性層の影響力は大きいです。良い意味で、今回の大宮さくらとは比較にならないほど影響力はあると思います。夢はありますので」
「大いに利用してやってください。もっとも女優のほうは分別がある女性ですので、天海ソウが攻略できるかは彼次第です。何せ若いので」
「そうか。頑張って欲しいものだ。できれば番組が終わったあとでね」
「それはもう。私共も今シーズンのガントレットストライカーを任された身です。貴社のパーパスに沿ったご提案をしていきたいと思います。また今後のゲスト出演も率先して引き受ける所存です」

 スポンサー側の人間も顔には出さないが満足する。芸能事務所の女社長は、パーパス――企業の存在意義や理念に沿った動きをすると宣言したのだ。

「大宮さくらの件。私共としては今回の件、決して引くつもりはありません。天海ソウどころか彼の夢でもあったガントレットストライカーの名を汚そうとした者を許すわけにはいかないのです」
「では如月さん。そこは私共の法務部と協力して行くのはどうかな。事実無根ならなおさら。ガントレットストライカーという看板を守ることは我々の仕事でもあるからだ」
「喜んで。是非ご助力を賜りたく存じます」
「そうかしこまらないでください如月さん。ところでダークウィドウの女優と、現状の撮影具合を聞かせてください。今からグッズの検討を始めてもアクセや玩具のモックぐらいならすぐいけるだろう?」

 大企業の役員ともなれば腰は低いのだ。

「ギリギリ間に合うかどうかですが、そういうことでしたら間に合わせます」

 玩具担当者は内心胃を痛めつつも承諾した。たんに面白そうだからだ。近年のブームで女性向けのキャラクター商品も数多く取り扱っている。アクセの一つや二つぐらい、余裕だ。

「ダークウィドウ役の女優は黒井サラ。奇しくも役側は主人公の秋月環に死んだ弟と重ねてしまうという、姉キャラで――」

 遙花が映画と更紗のことを語り始める。
 担当者たちは商品のヒントにしようと、詳細にメモを取り始めていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 大宮さくらとマネージャーは社長室に呼ばれた。
 アイドルにスキャンダルはつきもの。さくらはとくにこれが初めてというわけでもない。
 しかし今回は様子が違った。

「面倒な相手に手を出したなお前ら」

 社長が憎々しげに二人を睨む。

「申し訳ありません」

 さくらは素直に謝罪する、ここはとにかく頭を下げてやり過ごすしかない。

「局の人間から聞いたが、天海ソウは大宮さくらと共演NGという通達をマークシープロダクションが各社に通達した。TV局も受け入れる。当然だな。局内で撮られた撮影が外に出回ったんだからな」

 さくらは無言。話を聞いている。

「局内の防犯カメラで犯人も割れた。歌番組のADで、さくら。お前がよく知っている男だ。二人が老化で話している姿も確認した。そいつはすでにクビになったよ。そいつが誰に指示されたかは、武士の情けというヤツだな」

 つまりTV局側はADに責任全部押しつけて事なきを得ようとしているのだ。
 タレント事務所にも影響するので、内々に処理したということだろう。

「それは……」

 解雇という事態になって、青ざめるさくら。

「TV局の信頼が揺らぐということの重要性を理解していないようだな。歌番組を病欠でサボるのとはわけが違うんだぞ」

 能面のような表情のマネージャーは無言を貫いている。
 この件は社長、さくら双方から知らされていなかったからだ。

「共演NGの通達は上月健太。刀塚弦義とejjiからも通達された。共演中だった番組の出来事だからな。当然だろう」
「なっ!」

 その四人からの共演NGは、大宮さくらが使いにくいタレントということが確定したことになる。

「こんなものは序の口だ。マークシープロダクションと大手エンターテインメントグループの法務部が共同でTV局と週刊誌の出版社に対して訴訟準備を始めた。敗訴したら請求はうちに来るだろう」
「申し訳ありません」
「そしてな。来年のアニメ主題歌のコラボ。無くなったよ。スポンサー企業の関連会社が制作委員会にいるからな。あの音楽レーベル自体、ガントレットストライカーの関連企業だぞ。新曲はお蔵入りか、単品で出すしかないだろうな」
「うそでしょ……」

 かなり大きな案件だったはずだ。

「あの子供向け番組にそこまでの影響があるというのですか?」

 その言葉を聞いた瞬間、マネージャーの顔が蒼白になり、社長の額に青筋が浮かんだ。

「ただの子供向け番組だ。五十年以上続いている、な。影響力があるに決まっている。子供たちの親、祖父母世代にも強く影響するし、スポンサーの現役主力世代だ。そんなこともしらんかったのか」

 溜息をつく。小娘に何をいっても仕方ないと悟ったのだ。

「さくらのレギュラー番組からスポンサーも二社ほど消えることになった。本当にやらかしてくれたな」
「申し訳ございません」

 今はただ謝罪を繰り返すしか無いさくらだった。

「あの記事一枚でこれだけの影響があったということだ。正直にいうとな。共演NGなんざ軽いほうだ。訴訟に関してはタレントを守る義務がある。表沙汰になる前に我が社から示談に持ち込むしかない」
「申し訳ありません」

 繰り返すさくら。彼女には想像がつかないほどの金額なのだろう。

「仕事が減るとは思わないことだ。むしろ増やしてがんばってもらうしかない」
「がんばります」
「我が社も君のプロデュース方法を根本から見直す必要があるんだ。まずは地方巡業、イベント、ローカル番組のMC。もう変な気を起こさないよう片っ端に仕事を入れる。グループ結成も視野にいれよう」
「え…… グループですか……」

 このグループ全盛時代、ソロでやっていることがさくらの誇りだった。

「メンバーでドサ廻りもしてもらう」
「……すみません。ドサ回りってなんでしょうか」

 得体の知れない言葉に不安を隠そうともしないさくら。
 社長も思い直す。少女がそんな言葉を知るはずもない。わかるように伝えなければいけない。

「地方巡業をやってもらう。アイドル一人が巡業しても人は集まらんよ。さくらの嫌がっていた、バラエティ番組にも出演してもらう」
「バラエティ落ちですか……」

 グループとバラエティ落ち。さくらにとってもっとも屈辱的な措置だった。

「幸い共演NGを出したタレントたちはまずバラエティ番組には出ない。さくらの露出が減って人気が落ちきる前の滑り止めだ」

 社長なりに露出が減るであろうさくらの人気をどう維持するか対策しているのだろう。

「それとも引退するかね。移籍なら違約金と、我が社が負担した金額の一部は負担してもらうことになるが」

 さくらは顔面蒼白だ。

「いいえ。やります。全部こなしてみせます」
「よろしい。二度と変な気は起こせないでくれよ」

 二人は社長室を退席した。

「馬鹿なことをしたもんだ」

 普段は大人しいマネージャーが吐き捨てるようにいった。なによりこれが堪えたのだった。
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