身代わり同士、昼夜の政略結婚
幾重にもかぶるベールだけではなくて、窓を塞ぐだけではなくて、重いカーテンばかりでも、なくて。


「おやすみなさい」と瞼を覆うように影をかける、たおやかな母の手のひら。

抱きしめてくれた先の肩口。塞がる視界。


あの明るい白んだ国の、懐かしく、もう叶わない、家族の思い出。


……わたくしは、もうひなたの人にはなれない。あの頃には帰れない。

アマリリオ王国では当たり前だった、愛おしいきょうだいたちの幼い体温を、抱きしめることもできない。


別れを思って泣いてくれた幼い妹の、太陽みたいに熱い指先を思い出す。


この国にひなたはない。


ここは通称夜の国、オルトロス。


わたくしはひとり、冷えた暗い国──黒い国、オルトロス王国にやって来たのだもの。


顔も見知らぬ、体温だけが分かる懐かしいきょうだいたち。

かわいいヘリアンサス。

ソレイユお姉さま。

お母さま、お父さま。


……わたくしの、家族。


ふ、と肩が震えた。濡れた吐息を漏らすまいと唇を噛んだわたくしを、ミエーレ殿下、と殿下は静かに呼んだ。


「アステル殿下……」


とん、と頭を広い肩に引き寄せられて、視界が暗くなる。


「私にとって、あなたはひなたの人ですよ」


穏やかな声。頭を撫でる手のひら。


姉の代わりになったことを、後悔はしていない。この国でアステル殿下に会ったことも、婚約者になったことも、嬉しく思う。


……でも。でも。


なだめるような沈黙のまま、殿下はしばらく動かなかった。
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