清くて正しい社内恋愛のすすめ
 加賀見は「くそっ」と小さく呻くと、自分の上着を脱ぎ、穂乃莉の身体をぎゅっと力いっぱい包み込む。

「ごめん、穂乃莉。ごめん。怖い思いをさせて……」

 穂乃莉はしゃくりあげながら、何度も首を振る。

 加賀見は穂乃莉の身体をそっと抱き起こすと、自分の腕の中に穂乃莉を閉じ込めるように再び抱きしめた。


「加賀見……。怖かった……怖かったよ……」

 穂乃莉は震える手でぎゅっと加賀見のシャツを握り締めると、「わぁっ」と声を上げて泣き出した。

 加賀見は穂乃莉を抱きしめる手に力を込めると、安心させるように何度も何度も背中を優しく撫でる。


 しばらくして穂乃莉が落ち着きを取り戻した頃、加賀見は自分の爆発しそうなほどの怒りを無理やり抑え込みながら顔を上げた。

「支配人、あなたは自分が何をしたかお分かりですか?」

 加賀見の声は怒りで震えている。

 支配人は、入り口の前でふてぶてしく乱れた髪に手を当てると「ふん」と鼻を鳴らした。


「彼女の方から誘ってきたんですよ」

 支配人は平然とそう言ってのけると、窓際のデスクへ向かう。

 そして場違いなほど立派な椅子に、ドサッと仰け反るように腰かけた。

 もうその姿には、昼間に出会った時の、紳士的な装いは見る影もない。
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