清くて正しい社内恋愛のすすめ
 穂乃莉は物音のしないマンションの廊下を進む。

 キーを差し込み扉を開くと、そのまま玄関口に座り込んだ。


 加賀見に惹かれ、恋をすればするほど、胸が苦しくなる。

 あんなに甘いキスをして、抱きしめられて……でもその先に待っているのが、恋の終わりだなんて……。


 穂乃莉ははっと顔を上げると、パンプスを脱ぎ捨ててリビングに向かう。

 お気に入りの小物を飾っている棚の前に行くと、あの日買ったバッグチャームを手に取った。

 バッグチャームは購入した時のまま、ラッピングされた袋の中でカサカサと揺れている。


 穂乃莉はそれを手に、窓際のカーテンをそっと開いた。

 月明かりが差し込み、ぼんやりと部屋の中が明るくなる。

 穂乃莉はその光に照らすように、バッグチャームを掲げた。


 ――加賀見に、これを渡そう。


 穂乃莉は小さく口元をキュッと結ぶ。

 加賀見と契約恋愛を始めてから、波にのみ込まれるように、どんどん加賀見を好きになった。

 でも結局、どれだけキスをしても、いつか来る終わりをどこかで納得して、認めていたような気がする。


 ――私は終わらせたくない……。


 穂乃莉はバッグチャームを胸に当てると、ぐっと顔を上げた。


 ――だから、加賀見とちゃんと向き合うんだ。加賀見に向き合って、自分の気持ちを伝えるんだ。そうじゃなきゃ……私はきっと一生後悔する……。


 穂乃莉の手の中で、さくら貝がカサカサと優しく音を立てた気がした。
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