清くて正しい社内恋愛のすすめ
「ごめん。今日はマンションまで送れそうにないな……」

「大丈夫だよ。加賀見は仕事、頑張って」

「ありがとう。穂乃莉も気をつけて帰れよ」

「うん」

 加賀見は片手を上げると会議室の扉に手をかける。

 でも取っ手を下げた加賀見は、そのままぴたりと手を止めた。


「どうしたの?」

 声を出そうとした穂乃莉の唇に、突然振り返った加賀見のキスが、チュッと音を立てて降ってくる。


「わ……ちょ、ちょっと……!」

 穂乃莉は途端に顔を真っ赤にすると、慌てて辺りを確認しながら、言葉にならない声を出した。

「穂乃莉に、魔法かけといた」

 加賀見はいたずらした子供の様に、にんまりと口元を引き上げてほほ笑むと、そのまま会議室に入って行く。


「もう! とっくにかかってるってば……加賀見の魔法……」

 穂乃莉は真っ赤になった頬を手で仰ぎながらそう言うと、不思議と軽くなった心持ちでくるりと背を向ける。

 加賀見とのデートがなくなって、あんなに落ち込んでいたのに、やっぱり自分は加賀見のキスに救われるんだ。


「よし! 私も仕事頑張ろう」

 穂乃莉は小さく声を出すと、フロアの扉を開けてデスクに向かった。
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