清くて正しい社内恋愛のすすめ
「彼を調べてくれ……久留島穂乃莉との関係も含めて」

「……わかりました」

 斎藤はそれ以上何も聞かずに静かに目線を下げると、社長室を後にした。

 斎藤の足音が遠のくのを聞きながら、東雲は椅子の背に寄りかかると目を閉じる。

 瞼の裏には穂乃莉の顔が浮かんでいる。


 大切な人への溢れる恋心に、はにかむようにほほ笑んでいた穂乃莉。

 自分がどれだけ穂乃莉に惹かれたとしても、心の中に他の男性がいるならば潔く引き下がろう、先日まではそう思っていた。

 それぐらい穂乃莉はまっすぐで、守ってやりたいと思える女性だった。


 ――そんな風に思える女性に出会えたのは、初めてだった。……でも。


 東雲は腕で目元を覆うと、静かに深く息を吐く。

 東雲の中に、ふつふつと別の感情が静かに渦巻いてくる。

 それは幼い頃、自分が感じた寂しさと孤独感と絶望……。


 もし仮に、斎藤が調べた結果、自分が思った通りだったとしたら……。


 ――僕は、あの笑顔を消してしまうかも知れない……。


 物音ひとつしない部屋の中で、東雲の苦しげなため息だけが、行き場をなくしてさまよっていた。
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