清くて正しい社内恋愛のすすめ
 穂乃莉は息をのむと、再び寝ている祖母の顔を覗き込む。

 祖母が倒れる程のストレス……。


 穂乃莉は動揺する自分を落ち着かせるように、両手を握りしめながら部屋の奥にあるソファへと腰かけた。

 正岡も相当疲れているのだろう。

 穂乃莉の向かいに重い腰を下ろすと、眼鏡をはずして眉間をぐっと押さえた。

 最近丸くなってきた正岡の背中が、今日は一段と小さく見える。


「一体、何があったっていうの……!?」

 穂乃莉が祖母を起こさないよう抑えた声を出すと、正岡はいつになく厳しい顔を上げる。

「今日の昼前でしたか、旅館組合の方々が来られたのです。皆さん物凄い剣幕で、私が止める間もなく社長室に入って行きました」


 久留島本店が位置するこの地域一帯は、昔ながらの老舗温泉旅館が建ち並ぶ古い温泉街だ。

 時代の波にもまれ一時は廃れかけたこの温泉街も、各旅館が協力してなんとか盛り上げようと努力してきた。

 そのおかげもあってか、最近ではそれぞれに固定客もつく、人気の温泉街になっている。

 そしてその中心を担ってきたのが久留島本店であり、旅館組合の面々だった。

 その組合の中心人物である、老舗旅館の経営者たちが祖母の元に怒鳴り込んできたというのだ。
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