清くて正しい社内恋愛のすすめ
 ――私の心に加賀見がいると知って、身を引いてくれたはず……。


 穂乃莉はそう言いかけて、東雲の寂しげな瞳にドキリとして口をつぐむ。


「僕は、良い人でいるのをやめたんです」

「良い人……?」

「欲しいものは欲しいと、言うことに決めたんです。側にいて欲しい人を、大切な人を、もう奪われたくない……」

「え?」

 東雲は静かにうつむくと、深く息をつきながら目を閉じる。


「僕はあの時、本当は縋り付きたかった。置いて行かないでと、泣いて引きとめたかった。でも僕にはそれができなかった。ただ凍りついたように、腕に抱かれる弟を見つめるしかできなかったんだ……」

 東雲は独り言のように小さくつぶやいた。

「東雲さん……?」

 聞き返そうとした穂乃莉を振り返った東雲の顔つきは、祖母の寝室で見た時の様に冷たさが戻っている。


「穂乃莉さん、良い返事をお待ちしています」

 東雲は感情のこもらない声でそう言うと、サッと足を出した。

 そして出した足を止めると、「そうそう」と口元を引き上げながら穂乃莉を振り返る。

「穂乃莉さんの恋人の加賀見陵介くんですが、彼は……」



 東雲が立ち去った後、穂乃莉は何度も東雲の言葉を繰り返す。

 そして呆然として、その場につながれたように立ち尽くしていた。
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