清くて正しい社内恋愛のすすめ
 でも三月とはいえ、この地域の夜はまだまだ冷える。

 時折横切る流れ星に、「見えた」「見えない」と一喜一憂しながら子どものようにはしゃいでいたが、急に寒気を感じて穂乃莉が「くしゅん」と声を上げた。

「そろそろ、行こうか」

 加賀見が脱いだ上着を穂乃莉の肩にそっとかけ、二人は足早に本店の中へと入って行った。


 夜も遅い時間だからか、本店の中は静まり返っている。

 二人はゆっくりとロビーをぬけると、どちらが言うでもなく中庭のガラスの前に向かった。

 中庭の照明もこの時間は薄暗くなっており、ぼんやりと奥の様子が見えるのみだ。

 ガラスにうっすらと、肩を寄せ合う二人のシルエットが映り込む。


「ねぇ、ちょっとだけ中庭に入ってみる?」

 穂乃莉はガラスに映った姿に照れて赤くなった顔をパッと上げると、隣の加賀見を振り返った。


 改修工事が終わればツアーが始まり、中庭は連日人が出入りするみんなの場所になる。

 穂乃莉がこの中庭を、自分だけの特別な場所にできるのは今日までかも知れない。

「子どもの頃の穂乃莉みたいに?」

「そう」

 加賀見が眉を上げてにっこりとほほ笑み、二人はそっと裏口へ回り込むと中庭へと入った。
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