清くて正しい社内恋愛のすすめ
 慌てて涙を手でぬぐいながら振り返った母は、加賀見の隣に立つ人影を見て息を止めた。

 隣に立っているのは東雲だ。

 何も聞かされず、加賀見に連れて来られた東雲も、やはり目を見開いて呆然としていた。


「まさか……絢斗……? 絢斗なの……!?」

 母はかすれた声を絞り出すと、立ち上がってそろそろと東雲に近づく。

 そして震えながら華奢な手を伸ばした。

「……お母さん」

 東雲はそっとその手を取ると、戸惑うように、でもゆっくりとうなずいた。

 見つめ合う二人の間には、温かい風が吹いている。

 二人は離れてからの長い時間を必死に取り戻すように、じっとお互いの顔を見つめ合っていた。


「行こうか」

 加賀見が穂乃莉の耳元で小さく声を出し、穂乃莉は涙をぬぐいながらそっと席を立った。

 顔を上げると、正面のテラス席では、父がやはり涙を流しながら母のことを見守っている。


 ――あぁ、本当によかった……。


 穂乃莉は加賀見と共に、溢れる思いを胸に抱えてスパ施設を後にした。


 駐車場へと戻る途中、加賀見が穂乃莉の肩をぐっと抱き寄せる。

 そっと見上げた加賀見の顔には、今にも零れだしそうな涙と共に、やっと肩の荷がおりたような、とても安心したような表情が浮かんでいた。
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