奪われてもいい、君になら。
episode.2 吸血鬼と一緒に暮らす⁉
(回想)1話のラスト
◯学校・正門の前(夕方)
椿に会うために学校へとやって来た栢は群がる女子生徒たちを冷たくあしらい『俺が会いに来たのはこの女だ』と椿の肩を抱いた。
椿はサングラスを取った男が昨日の吸血鬼だったことに気づき、目を見張る。
椿(き、昨日の吸血鬼──⁉)
(回想終了)
椿の肩から手を離し向き合うような形で立つ栢。
栢「昨日はどーも」
椿「ど、どうしてここに」
吸血鬼がなぜ自分の通う学校の前にいたのか不思議でならない椿。
栢「血の匂いをたどった」
栢は平然と答える。
椿「そういうことを聞いてるんじゃないです!」
自分から出た大きな声にはっとする椿。
周りの生徒たちは栢と椿の会話を聞いてコソコソと話す。
女子生徒「あの人、今、血の匂いって言わなかった?」
女子生徒「吸血鬼ってこと?」
女子生徒「あの美しさなら納得」
女子生徒「匂いをたどってきたって、雪平さんの血を飲んだの?」
女子生徒「でも、雪平さんの血ってFランじゃあ……」
栢「騒がしい奴らだな。お前、雪平の人間なのにこんなところに通っているのか」
年季の入った校舎に視線を向ける栢。
椿「あ、あなたには関係ないですよね」
栢「つれないな。人間の活動時間に合わせて会いに来たっていうのに」
栢が一歩前に踏み出し、ふたりの距離は30センチほどになる。
椿「近寄らないでください」
椿の乱れた髪を耳にかける栢。
椿「さ、触らないで!」
栢の手を払いのけた椿を見て、周りの生徒たちが青ざめた。
そして、巻き込まれるのを避けるかのように立ち去る。
あれだけ人でごった返していた正門前には椿と栢のふたりだけになる。
栢「人間はつるむ生き物だろう。お前を助けてくれる奴はいないのか?」
椿「………ばかり、」
栢「ん?」
椿「さっきから、勝手なことばかり言わないでください。私に友達がいないのは……全部あなたたちのせいでしょう!」
栢を睨みつける椿。
栢「……そんなに吸血鬼を憎んでいるなら、どうして昨日俺を助けた。お前の血からは吸血鬼を憎む味がした」
血の味を思い出すかのように、栢は親指で唇を拭う。
栢の妖艶な姿に視線を逸らす椿。
栢「俺に殺してほしかったからか?」
栢は冷たい視線を椿へと向ける。
椿「…………っ。そ、そうです! わざわざ会いに来たってことは私の望みを叶えてくれるんですか?」
栢「ああ。昨日約束したからな」
望みが叶う喜びの一方で死を間近に感じた椿の心臓がどくどくと暴れる。
栢「殺してやるよ」
栢が椿の首筋に触れる。
椿はきつく瞼を閉じた。
栢「そうだな……100年後ぐらいに」
椿「…………え?」
栢の言葉に瞼を開ける椿。
椿(100年後……?)
椿「や、約束が違います」
栢「約束? 日付の指定をされた覚えはない」
昨日の会話を思い出す椿。男の言うとおり日付の話はしていなかった。
椿「……今日、殺してくれないのならどうして私に会いに来たんですか」
栢「お前、俺のものになる気はないか?」
椿(お……れのもの?)
椿はきょとんとした顔をする。
椿「どういうことですか?」
栢「楔学園に来い。そして、俺と一緒に寮に入れ」
椿「楔学園……? 寮?」
栢の話についていけない椿。
栢「楔学園。お前も名前くらい聞いたことがあるだろう」
椿(名前は聞いたことがあるけど、楔学園は吸血鬼の通う高校じゃないの?)
椿「吸血鬼の通う高校にどうして私が」
栢「楔学園には一部だが人間もいる。入寮にはパートナーが必須だからお前に声をかけた」
椿「パートナー?」
男「簡単に言うと餌だな。吸血鬼が暴走しないための餌」
椿(餌……)
餌と聞いて鎖に繋がれ自由を奪われた自分を想像する椿。
椿「む、無理です。急に編入とか寮に入れって言われても」
椿(吸血鬼なんかと一緒に生活できるわけがない)
栢「この学校に未練なんかないだろう。それに家にも」
栢が椿の心を見透かしたように言う。
椿の脳裏には藍を可愛がる両親と、その様子を遠くの方で見つめる自分の姿が浮かんだ。
椿(この人はどこまで私の感情を読み取ったの?)
栢「俺と来い。椿」
名前を呼ばれて胸がどくんと跳ねる椿。
栢「このまま人生を終えてもいいのか」
椿「……吸血鬼にそんなこと言われたくないです」
椿(私の人生が真っ暗なのは、あなたたちがいるから……)
栢「いらない命なら俺に預けろ。俺が変わりに大事にしてやる」
その言葉に胸を打たれる椿。
でも、憎んでいた相手の提案を素直に受け入れることはできない。
そんな椿の様子に気づいた栢は新たに提案する。
栢「わかった。今から3秒以内に断らないと了承したと取る」
返事をしない椿に栢がゆっくりとカウントダウンを始める。
椿(断らなきゃ。いきなり会いに来て、俺のものになれだなんてあまりにも勝手だ。しかも、相手は私がずっと憎んでいた吸血鬼。そう思うのに──)
栢「さん、にー、いちー。……決まりだな」
椿が言葉を発することはなかった。
栢「じゃあ、今からお前の家に向かう」
椿「い、今からですか?」
栢は椿の体をまるで米俵のように担ぎ上げる。
椿「ちょっと待って」
栢は椿を担ぎ上げたまま空を飛んだ。
飛び続けるというよりも、屋根伝いに飛んでいくといった感じ。
椿「お、降ろしてください」
椿がそう懇願している間(数分もしないうち)に椿の家へと到着する。
椿(し、死ぬかと思った……)
ドアの前で壁に手をつきながら呼吸を整える椿。
その隣で涼しげな顔をする栢。
栢「両親は?」
椿「父は赤蜜を調べる研究機関にいて不在です。母は2階にいると思います。でも、別に親の許可なんて」
椿(私がいなくなっても、家族はなんとも思わない。むしろ、自分からいなくなってくれてせいせいするだろう)
栢「そうはいかない。お前は雪平の人間だからな」
栢が引かないのを見て、ふたりで母の部屋へと向かう。
部屋を扉をノックする。
椿「お、お母様。椿です。今、お時間よろしいでしょうか」
早苗「どうしてあの子が2階に……。追い払いなさい」
部屋の中で書類に目を通していた早苗が使用人に言う。
使用人「かしこまりました」
使用人が椿を追い払おうとドアを開けると、その隙に中へと足を踏み入れる栢。
使用人「止まりなさい」
栢を静止しようとする使用人。
椿「ちょ、なにをして……!」
栢を止めようと腕を掴む椿。
栢の背中越しに、驚いた顔をして立ち上がる早苗の姿が目に入った。
早苗「ど、どうして藺月様がここへ……」
早苗は動揺した様子で栢の元へとやってくると、深々と頭を下げた。
早苗「使用人の無礼をどうかお許しください」
早苗の態度に驚く椿。
椿(こんなお母様、今まで一度も見たことがない。この男は一体、何者なの?)
隣にいた栢へと視線を移す椿。
使用人「い、藺月様だとは知らず……申し訳ございませんでした」
使用人も深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
栢「そんなことはどうだっていい」
早苗「寛大なお心に感謝いたします。あの、本日はどのようなご要件で……」
栢の隣に立つ椿に冷ややかな視線を向ける早苗。
目が合った椿はびくりと体を震わせた。
栢「今日はただ許可をもらいに来ただけだ」
早苗「許可とおっしゃいますと?」
栢「椿にはこの家を出て、俺と一緒に楔学園の寮に入ってもらう」
早苗「楔学園の寮へ……? そのお話は椿をパートナーに選ばれたということでしょうか。藺月様、次女の椿は雪平の血を持たない者で……」
椿(母から名前を呼ばれるなんて。何年ぶりだろう)
栢「だから不当に扱うのか?」
早苗「い、いえ。そんなつもりは」
早苗が慌てて笑顔を作る。
栢「血を飲めばその人間の感情が手に取るようにわかる。今までどう過ごしてきたのかもな」
早苗「椿の血を口にされたのですか?」
早苗は驚いた様子で、口元に手をやる。
栢「なにか問題でもあるのか。お前らにとっていらない娘だろう?」
いらないとはっきりに口にされて胸が痛む椿。
早苗「そ、そういうわけでは……」
栢「俺には椿が必要なんだ」
栢が椿の手を握る。
真剣な表情をした栢の横側を見つめる椿。
椿(この人はどうしてそこまで私のことを……?)
早苗「そういうことなら椿のことは藺月様にお任せいたします。しかし、本当によろしいのでしょうか。赤蜜を持つ長女の藍ではなく次女の椿で」
栢「赤蜜に興味はない。ほしいのは椿だけだ。……逆に問おう。二度と返すつもりはないがいいんだな?」
早苗「藺月様がそこまでおっしゃるなら娘を送り出す覚悟です」
栢「そうか。そしたら、ここに好きな金額を書け」
栢はそう言うと胸元のポケットから取り出した小切手を早苗に渡す。
早苗「ま、まぁ!」
満悦の表情を栢に見られていると気づいた早苗はコホンと咳払いをして、気持ちを落ち着かせる。
早苗「お心遣いありがとうございます」
栢「親からの許しも出た。あとは荷物をまとめるだけだな」
栢が隣にいた椿に言う。
早苗「藺月様。その前に少し娘とふたりだけの時間をいただけませんか?」
椿(お母様?)
栢「……わかった。俺は外で待っていよう」
栢はそう言うと部屋から出て行った。
使用人も追い出され、部屋には椿と早苗ふたりになる。
椿「お、お母様」
別れの言葉でもかけてくれるのかと思った椿。
しかし、早苗からは笑顔が消える。
早苗「どうやって藺月の人間に取り入ったの?」
視線を小切手に落としたまま話す早苗。
椿「私はただ倒れていたところを助けただけで」
早苗「嘘をおっしゃい」
早苗が机を叩く。
椿は驚き肩を震わせた。
早苗「それだけであなたのような価値のない人間が気に入られるわけないでしょう。……まぁ、いいわ。よくやったわね。椿」
早苗は小切手を大事に机の引き出しへしまうと椿を抱きしめた。
早苗「さようなら」
椿には見えていないが、早苗は椿を抱きしめながら邪魔な娘がいなくなることに笑顔を浮かべていた。
廊下を歩く椿と栢。
椿(初めて母に褒められた。ずっと求めていたはずの温もり。それなのに私の心はちっとも満たされなくて驚いた。家族を必要としていなかったのは私も同じだったんだ)
◯椿の部屋(夜)
栢「準備はできたか?」
栢は窓枠に腰掛けながら、リュックに荷物をまとめた椿へと声をかける。
椿「はい」
栢「あれはいいのか」
栢が指差す先には高校の制服。
椿が気にかけていたのを栢は見逃さなかった。
椿「楔学園には制服があるんですよね」
栢「ああ」
椿「それなら置いていきます」
椿(私にはもう必要のないものだから)
栢「楔学園の制服は椿によく似合うはずだ」
栢はそう言うと椿を抱きかかえる。お姫様抱っこのポーズで。
椿「えっ、あの」
栢「寮へ向かう。夜の散歩は悪くないぞ」
栢が椿を抱き窓枠に足をかける。
そのとき、勢いよくドアが開いた。
藍「ちょっと! お母様から話は聞いたわ」
早苗から話を聞いた藍が椿の部屋へとやって来たのだ。
栢に抱きかかえられる椿を見て、一瞬黙り込む藍。
藍「あ、あなた妹をどうする気?」
栢「……話してくるか?」
椿「大丈夫です。行きましょう」
椿は藍との会話を拒んだ。
藍「椿!」
栢が飛び立つ寸前、藍の目に光るものが見えて目を見張る椿。
椿(どうして今更そんな顔──)
屋根を飛ぶ途中、栢がビルの上で足を止める。
栢「もうそろそろだな」
椿(……もうそろそろ?)
栢が発した言葉の数秒後、展望台が赤く染まった。
初めて見る光景に椿は目が離せない。
栢「16歳の誕生日おめでとう。椿」
椿「たん……じょうび?」
この日は椿の誕生日だったが、毎年誰からも祝われることがないから忘れていた椿。
栢「6月3日。違ったか?」
椿「あ、あってます」
椿(血を飲んだだけでそんなことまでわかるの? 私の名前も最初から知っていたみたいだし)
栢「生まれてきてくれてありがとう」
椿(この日、私は初めて誰かに生きていてもいいと認められたような気がした)
栢の言葉に涙する椿。
栢「泣いてるのか?」
椿「ライトアップされた展望台があまりにも綺麗だから」
栢「そうか」
栢はそれ以上なにも聞かなかった。
*
◯楔学園(夜)
楔学園は森の奥にあり、遠くからでも建物を確認できた。
まるでお城のような学校。
東京ドーム10個分の敷地内に初等部〜大学、寮がある。
椿「すごい。ここが楔学園」
栢「ここが今日から椿の暮らす部屋だ」
栢はバルコニーに降り立つと、ガラスのドアを開けた。
その先にはまるで高級ホテルのような部屋が。家具はどれも高価なものばかりで、頭上には大きなシャンデリア。
椿「これが……部屋?」
あまりの広さ、そして豪華な内装に言葉を失う椿。
栢「ここにあるものはすべて好きに使うといい」
栢は黒のコートを脱ぎ、ハンガーへとかける。
そして、近くのソファへと腰を降ろした。
椿「あ、あの。ちょっと待ってください。もしかして一緒の部屋で生活するんですか」
栢「当たり前だろう。俺と椿はパートナーなんだから。なにか問題でもあるか?」
椿「い、いえ」
もう帰る場所のない椿はこの状況を受け入れるしかない。
椿(吸血鬼と同部屋なんて聞いてない……)
不安から持って来たリュックをぎゅっと抱きしめる椿。