私が社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?
 しかも彼女は両手に毒蛇を持っている。つまり、二匹の毒蛇。ぴくりとも動かぬそれは、多分、死んでいる。
「あ」
 彼女も二匹の毒蛇に気づいたのか、慌ててそれを背中に隠した。だが、はっきりいって隠れていない。蛇のしっぽが丸見えであり、ぷらぷらと背後で揺れている。
「お初にお目にかかります。クラリス・ビクスビ……じゃなかった、クラリス・ウォルター? です」
 家名がなぜか疑問形である。
 彼女は毒蛇を背に隠したまま、腰を折った。
「あ、あぁ。ただいま帰った。俺がユージーン・ウォルター。おそらく、君の夫かと」
「旦那様。お疲れでございますよね。お帰りになられると聞いておりましたので、湯浴みの準備も整っております。お食事もすぐにとれますが? 奥様は手にされているそちらを片づけてきたほうがよろしいかと思います。お着替えをするのであれば、メイを呼びましょう」
 そう割って入ったのはネイサンだった。
「旦那様。上着を預かります。奥様の蛇は、残念ながら僕は預かることができません」
「そ、そうね。メイを呼んでもらえるかしら?」
「いくらメイであっても、その蛇は奥様しか扱えませんので。責任をもって片づけてからいらしてください」
「え、えぇ。わかったわ」
 彼女はひどく動揺していた。
 紫紺の瞳が困惑に震えており、青空を思わせるような髪は、高い場所で一つに結ばれている。
 それよりも蛇だ。両手に蛇をもって夫を出迎える妻がこの世にいるだろうか。まして二匹も。よりによって、あれは毒蛇だ。
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