レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
「お客様ってきっと、【ひひじじい】くらいしか来ないわよねえ」
「じじいにこんなことしなきゃなんないなんて気持ち悪っ。いくら積まれたらできる?」
「うーん。陛下が設定されている金額が五百万エルオンよね。だったら……五千万エルオン?」
「そのお金を独り占めできるんだったら、まあギリギリ考えなくもないかなー」
「そうよねえ。()()()()()()()のがわかった上でこんなことしろって言われたら、死にたくなるかも」

 そしてまた品のない爆笑を部屋中に響かせる。
 聞きたくもない雑談は、暖炉で爆ぜる薪の音に意識を集中させてやりすごそうとしてみても、容赦なく耳に飛び込んでくる。

 本当に、これから自分は彼女らの読み上げた行為の数々を、見知らぬ相手にして差し上げなければならない――。自身に課せられた義務を思い、心の痛みに涙が浮かばないように、ぐっとこらえる。
 しばらくそうして息を詰めていると、突如として、ばん、と勢いよく扉が開かれた。
 突然の大きな音に震え上がり、素早く振り返る。するとそこには侍女頭が立っていた。怒り心頭といった表情をしている。

「あなたたち、何を怠けているのですか! 働かざる者に与える俸給は一銭たりともございませんと、日頃から申しているでしょう!」

 するとメイドたちは勢いよく本を閉じてあたふたと立ち上がると、悲痛めいた口調で言い訳を始めた。

「申し訳ございません侍女頭様! ですがノツィーリア様が『私の代わりにこれを全部読みなさい』と命令してきて……!」
「……!?」

 まったく身に覚えのないことを訴え出すのを聞いて、ノツィーリアは目を見開きメイドを見た。
 視線が合った一瞬だけ口の端を吊り上げて、またすぐに反省の色をにじませた面持ちに戻る。
 今の意味深な笑みで、何かしら気づいてはもらえないだろうか――。そう願って侍女頭に視線を移すと、侍女頭はノツィーリアを見るなり呆れ顔になった。

「ノツィーリア様、わがままもいい加減になさいませ。少しはディロフルア様を見習ったらいかがですか? ディロフルア様は、メイドにそのような無茶な命令は決してなさいませんよ」

 そんなはずはない、私に嫌がらせをしろと命じる方が、よほど無茶なことを言っているのに――。
 そう反論したところで、この場をやりすごす嘘をついているだけとしか思われないだろう。もはや相手の思い描く【わがまま姫】を演じる以外に、彼女らに飽きさせて解放される方法はない――。そう思い至ったノツィーリアは無言で正面に向き直ると、ソファーの陰でぎゅっと両手を握り締めた。

『早くひとりになりたい』と、強く願いながら。

 その祈りを聞き届けてくれる存在はどこにもいないのだろう――。しかし侍女頭もメイドたちも、黙り込んだノツィーリアにそれ以上突っ掛かってくることはなく、挨拶もせずに部屋から出ていった。


「……。うう……」

 ようやく静寂が戻ってきた瞬間、涙があふれ出した。手の甲で何度拭っても、傷ついた心から噴き出す涙は抑えることができない。
 父王から命じられた暗記は、まだ数冊しかできていない。しかし今のノツィーリアは、本を読むどころか立ち上がることすらできなかったのだった。
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