レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 見たくもない文字から目が逃げ出せば、ふと母との思い出がよみがえる。


『私のかわいいノツィーリア。人生、何が起こるか分からないんだから、最期まで諦めちゃダメよ』――。


 膝の上に乗せられて優しく頭を撫でてくれた感触は、今やおぼろげにしか思い出せなかった。

(お母様。本当に、何か起こることなどありうるのでしょうか……?)

 本を閉じて立ち上がり、目蓋を下ろせば母の美しい歌声が微かに聞こえてくる。
 ノツィーリアは急いで涙を拭うと、宙に手を掲げて、母の歌に合わせて舞を舞いはじめた。

『とっても上手ね、ノツィーリア』――。母との思い出に浸る間だけは、自然と笑うことすらできるようになる。
 ノツィーリアは円卓に積み上げられた本を見ないようにしながら、静寂の中、夢中で踊り続けたのだった。

    ***

 翌日のこと。
 ノツィーリアは自分で暖炉に火を入れ、その前に置かれたソファーに座ってぼんやりと炎を眺めていた。読書をしなければならないのに、何もする気が起きなかった。
 しばらくそうして過ごしていると、ノツィーリアの専属メイドたちがずかずかと部屋に入ってきた。主人に挨拶もせず、『きゃーっ』と奇声を上げる。
 不可解な声に、そっと振り向き様子をうかがう。するとメイドたちは、円卓に置きっぱなしだった本を取り上げて、興味津々と表紙を眺めていた。

 昨晩はそれらを片付ける気力も起きず、そのままにしておいてしまったのだった。
 メイドたちが、主人に断りもなくお務め用の本を開きはじめる。雑にページをめくっていき、それぞれ手にした本の中身を確認し合っては、その内容を声高に読み上げはじめた。
 聞きたくもない声から逃げるように前に向き直り、視線を落とす。
 メイドたちはノツィーリアに向かってしばらく聞こえよがしに朗読を続けたあと、さげすみの言葉を投げかけてきた。

「姉姫様、お務めでこんな淫らなことをなさるのですねえ」
「本当にこんなことを姉姫様がお出来になるのですかあ? 男性経験もないくせに?」
「あらかじめ練習なさらなくて大丈夫なのですか? 御本を読むより娼館で実践なさった方が早いのではございませんか?」

『それは名案』と、一斉に笑い出す。

「でもそれだと【初物】を好まれるお客様は、ご不満かも知れませんねえ」
「そうそう小耳に挟んだのですが、初回を希望される方が多くてオークション状態になっているそうですよ? 値段も倍に膨れ上がっているとか」
「初めてのお相手は、お優しい方だといいですねえ」

 そしてまた、ぎゃはははと下品な笑い声をノツィーリアの耳と心に突き刺してくる。
 早く出ていって欲しいとノツィーリアが密かに願っていると、ふとメイドたちが黙り込んだ。
 どうしたのだろうと思いながら、おそるおそる振り向く。すると、メイドたちは勝手に円卓の椅子に腰掛けて読書に耽りはじめていた。
 ぱらぱらとページをめくっては、ひそひそ話をはじめる。
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