レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 耳を疑いながらも呼びかけに振りむく。するとそこにはディロフルアが立っていた。なぜかノツィーリアと同じく透けた生地でできた寝衣をまとっている。コルセットで締めつけていないせいで、不摂生がありありと現れた体が滑らかな布地を内側から押しあげていた。後ろに侍るメイドたちは、主を完璧に仕上げられたと言わんばかりに誇らしげな顔をしている。

(まさか、今さら代わってくれるとでもいうの?)

 思いがけない出来事に、一度は固めた決意がわずかに揺らぎだす。しかし妹がノツィーリアを助ける理由などどこにもないはずである。
 ノツィーリアが真意を確かめようと口を開きかけた矢先、ディロフルアが長い金髪を見せつけるように手の甲で払い、満面の笑みを浮かべた。

「ねえお姉さま。世界で一番美しいわたくしが、生涯お一方としか契れないなんておかしいと思いませんこと?」

 仰々しい口調でさも当然のように語りはじめる。メイドたちも、まさにその通りだと言わんばかりに大きくうなずく。
 両親から惜しみない愛情を注がれて、周囲から浴びるように褒めたたえられて育った妹は本気で自分が世界一美しいのだと、そう信じている。


 世界で一番美しいのは私のお母様なのに――。


 ノツィーリアの無反応を気にもせず、ディロフルアが得意満面の笑みを浮かべて演説を続ける。

「わたくし思うのです。気高く美しいわたくしは、もっともーっと大勢の殿方に愛されるべき存在なのですわ。将来女王になったときに後宮を作り、美しい男たちを住まわせる予定なのです。今から人選を始めたって構わないでしょう? 早いに越したことはありませんわ」

 つまりこれから毎日やってくる客たちを吟味し、妹のお眼鏡にかなえば後宮入りさせて、気に喰わなければお払い箱にするという意味だろう。
 そもそも一晩で五百万エルオンを出せる者など貴族のごく一部か豪商だけだろうに、おそらくずっと年上で、かつ妻帯者ばかりであろうその者たちを後宮入りさせるなど、どうしてそんな発想ができるのだろうか。

 思わぬ方向からもたらされようとしている救い。しかし簡単に飛びついてよいものとは到底思えなかった。
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