レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 その瞬間の痛みなど、これから味わわされる地獄と比べれば、一瞬で終わる。
 周りを歩くメイドたちに気取られないよう駆け出す隙をうかがう。

 目だけで辺りを見回しはじめたところで、ふとノツィーリアは我に返った。

(私、なんてことを考えてしまったのだろう)

 正気を取り戻した心に、母の言葉がよみがえる。

『王族たるもの、誰に生かされているかを常に心に留めておかなければいけないわ。それを忘れて滅びた国を、いくつも見たことがあるの』

(そうだ、今私が死んでしまえば、思うようにお金を得られなかったお父様がさらに国民を苦しめてしまう。そうして国が衰退していけば、国民のみなが路頭に迷うことになる)

 いつしか母とともに街へ出かけたときに見た、人々の屈託ない笑顔を思い出す。
 自分がこれから味わわされる屈辱を耐え忍びさえすれば、少なくとも父王の怒りの矛先が彼らに向けられることはない。

 この国に生まれてから今までの自身が、彼らに支えられてきたことを思い起こす。どれだけ馬鹿げた責務であっても真正面から向き合い、国民に恩返しをしていかなければと思えてくる。
 揺らぐ心が次第に収まってくる。

(私は決して逃げ出したりしない)

 ずっと床に落としていた視線を前に向ける。
 地獄へと続く道であっても、自分の意思で歩いていける。


 意思を固めたノツィーリアが、メイドを追い抜かんばかりに歩みを速めたその瞬間。


「お待ちくださいませ、お姉さま」


 この場で聞こえてくるはずのない声が聞こえてきた。
< 25 / 66 >

この作品をシェア

pagetop