レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 皇帝が軽くうなずき、さも当然のように答える。彼らにとっては珍しいことではないのかも知れない。
 ほとんど体になにも感じることなく、まばたきをする間に長距離を移動させられた。山脈を越え、隣国をまたぎ、さらに海峡をも瞬時に渡ってしまった――。理解を越えた現象に、魔法というものの恐ろしさに畏怖を覚えずにはいられない。

 ノツィーリアが自分を抱きしめるようにして震えをこらえつつ再び部屋を見回すと、そこには先ほどまでいた部屋と同じく望遠鏡型の魔道具が備え付けてあった。

(あの魔道具は……!)

『助けてもらえた』などと思いこみ、浮上しかけた心がたちまち揺らぎだす。元より自分は大金で買われた身だった――。そんな重大なことを一瞬でも忘れてしまった自身に失望せずにはいられない。

(場所が移っただけで、結局ここでも慰みものにされて、その姿を大勢の人々に見られてしまうのね)

 全身に震えが走り、涙がこみあげてくる。

(そうか私、捕虜になったんだ。なにをされても拒めるはずがない)

 そこまで考えてから、ふと自分に捕虜としての価値すらないことに気付く。父王や妹はすでに捕らえられた。おそらく今ごろ義母である王妃や他の王族たちも続々と捕縛されていっていることだろう。彼らに帝国兵にあらがうだけの武力はない。
 ノツィーリアをだしにしてなにかしらの交換条件を持ちかけるなどという、その交渉相手はもはやどこにもいないのだ。

 そもそもまだ交渉段階にあったとして、父王たちが自分を助けるためになにがしかの譲歩をするはずがない――。改めてそれに気付けば、お務めに臨むとき以上の苦しみが心を締めつけはじめる。

(私の利用価値といえば、せいぜいここで慰みものになるくらいしかない)

 この身を差しだしたところで冷徹皇帝がレメユニール王国の国民に危害を加えずに済ませてくれるだろうか――。
 だとしても、どんなに無慈悲な仕打ちをもすべて受け入れて、国民の保護を願い出ようとノツィーリアは決意を固めたのだった。
< 45 / 66 >

この作品をシェア

pagetop