レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 ノツィーリアは、ほとんど走っている速度で長い廊下を歩いて自室を目指していた。
 ドレスをきつく握り締めて、泣き出したい衝動を抑えていると、突如として誰かとぶつかってしまった。反動で後方によろけてその場にへたりこむ。その直後。

「きゃっ!?」

 冷たい水を浴びせ掛けられて、とっさに顔を背けた。花瓶を持ったメイドと衝突してしまったのだった。
 視線を落としていたせいで、すれちがう人影に気づけなかった――。詫びようとした矢先、相手が異母妹の専属メイドであることに気づいて口をつぐんだ。おそらく妹に命じられて、わざとぶつかり水を掛けてきたのだろう。その証拠に、花瓶の口が明らかにノツィーリアの方に向けられていた。
 目の前にしゃがみ込んだメイドが、飛び散った切り花を拾い上げながら口の端をゆがませる。

「あらあ姉姫様、大変失礼しましたあ」

 大仰な口ぶりで詫びながらも、その顔は楽しげだった。
 普段なら、こういった妹からの間接的ないじめを耐え忍ぶことくらいはできる。しかし今は、父王から到底受け入れがたい(めい)を下されたせいで、無表情を保つのが難しくなっていた。

 メイドが自分のいじめに手応えを感じたらしく、満足げに微笑む。
 心を切り付けるその表情からノツィーリアが顔を背けた途端、視界の端に派手な装飾の靴を履いた足が踏み込んできた。
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