名ばかりの妻ですが、無愛想なドクターに愛されているようです。


(あ……)

 エレベーターから降りてきたのは祐飛だった。
 雛未と目が合うと、ふっと目が細められていく。
 たった数秒、それだけで心臓を鷲掴みにされた。

(やだ……もう……!)

 祐飛への恋心を自覚してからどこかおかしい。
 生まれ変わったみたいに、毎日が新鮮で感動に打ち震えている。
 
 ――恋心って相当厄介だ。

 雛未は祐飛からパッと目を逸らした。
 ただでさえ夫婦同じ職場で、たまに顔を合わせるとなんとなく変な雰囲気になるというのに、先ほどの茉莉との会話の後では、それが何十倍にも膨れ上がる。
 目を合わせないように明後日の方向を見ていると、祐飛がカウンターにやってくる。

「雛未、紹介したい人がいる」

 診察に訪れる時はいつもひとりだったのに、今日は珍しく壮年の医師と一緒だ。
 誰だろうと思っていると、茉莉が即座に椅子から立ち上がった。

「院長先生!」

 茉莉がそう叫ぶと壮年の男性は、お構いなくと手を左右に振った。

「そんなにかしこまらなくていいよ。座って座って」
 
 茉莉頭を下げると、言われた通りもう一度椅子に座り直した。

(祐飛さんのお父さん!?)
 
 雛未は慌てて受付カウンターを離れ、廊下へ飛び出すと、祐飛と院長の前へ進み出る。
 
「こんにちは、雛未さん」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした!」

 祐飛と結婚してから四ヶ月ほどが経つというのに、雛未は未だに祐飛の両親と面識がなかった。
 引っ越し初日に祐飛から「あとでいい」と言われたのを間に受けて、すっかり挨拶が後回しにされていた。

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