アンダー・アンダーグラウンド

 五人目の被害者、辻浦橙花(つじうらとうか)は凄惨な姿で発見された。
 早朝の神社で見つかった死体は二つ。
 境内で胡座をかいた首の無い警官の死体に、うやうやしく抱えられていた辻浦橙花の頭部は、その閉じる事の無い眼で、色づき始める世界を悠然と見つめていた。
 また「それ」を神と崇めているかのように、彼女の胴体は全裸の状態で「それ」と向かい合うようにして参道に座し、黒い糸で乱雑に縫い付けられた警官の頭を垂れていた。
 その異質さは、第一発見者である婦人をしばらくそこに立ち尽くさせてしまったらしい。きっとあの作られた神々しさ、そして禍々しさにあてられてしまったのだろう。
 この事件の被害者は「女子高生」の辻浦橙花だ。警官は巻き込まれただけだと言える。これまでの概要を知っていれば、それが二次被害だと誰しもが理解出来た。
 それこそ、言ってしまえば一人目以外は全て二次被害なのだが。それはきっとまだ誰も知らない。
 ただ、そんな命を玉突きのように転がして穴に落とす、まるでゲームでもしているかのように五度繰り返された殺人はこんな風に呼ばれていた。

  ————カラーネーム事件。

 最近、ニュースを賑わしている連続猟奇殺人事件はいつの間にか、そんな名前を付けられていて、僕の住む町は一挙に注目を浴びていた。
「あーあ、私も殺されちゃうのかなぁ」
 旧校舎のカビ臭い化学準備室で、月ノ瀬緑(つきのせみどり)は言葉とは裏腹の表情で呟いた。この事件は月ノ瀬にも襲いかかる恐れがあるせいか、彼女はいつも以上に注目し、そして次の被害者を待ちわびていた。
「ねぇ。もし私が殺されたらどうする?」
「いつもの事ながら趣味の悪い質問だね。葬式にはちゃんと出るよ」
 僕の答えがつまらなかったからか、はたまた小説を読む手も止めず答えた態度が気に食わなかったからか、月ノ瀬からは何の反応も返って来ず、準備室にはその後しばらく、僕がページを捲る音だけが聞こえた。
「……あれ? この棚。掃除したの?」
 僕は小説を捲る手をピタリと止めた。
 月ノ瀬は勘が良い。勘が良いけれど詰めが甘いから、そこもまた良い。だから、笑った顔を上げて答えた。
「うん。埃が溜まっていたからね」
「そうなんだー。じゃあ今度、大掃除でもしよっか。いい加減なんとかしないとね。この何とも言えない物置感」
 月ノ瀬につられて部室を見回す。ただでさえ狭い準備室には扉を除く壁全面に、様々な薬品や空き瓶が転がっている棚と、確かめるのも面倒くさくなる程に積まれた段ボールが敷き詰められている為、余計に狭苦しくなっていた。端から見たら中央にある椅子と机だけで十分じゃないかと思うだろうが、僕はこの閉塞感がなかなか嫌いじゃない。
 けれど、月ノ瀬にとっては雰囲気が今ひとつらしく、度々、模様替えを提案されては僕が上手く話をそらしていた。
「亜希(あき)君さ。もしかして何か掴んでたり、しないよね?」
 僕は本を閉じて机に投げ置く。やっぱり月ノ瀬は勘が良い。
「別に。何も掴んでないよ」
「なーんだ。いつもみたいな名探偵っぷりを期待してたのにぃ」
 月ノ瀬はガッカリと言った表情で、背もたれに寄りかかりながら天井を見上げた。
 別に僕は名探偵じゃない。後だしジャンケンのように、解決してから推察を話すのは探偵のやる事じゃないし、何より僕は誰も救えていない。知らない誰かを救おうともしない。
 本当は、こうして事件について話すのもあんまり得意じゃない。と言うより好きじゃない。なのに、月ノ瀬のこの目を見てしまうとウッカリ話してしまう。ついついその目を自分に向けて欲しくて興味を引こうとしてしまうのだ。
 僕はこの目に滅法弱かった。深く、底を見せない真円の漆黒を包む青みがかった白。ひどく澄んでいて、闇に魅入られている瞳。その危うさが僕を離さないのだ。離さないで欲しいのだ。
 おかげで、今もつい話してしまいそうになった。

 ――――僕は月ノ瀬の勘通り、この事件の真相をほとんど知っていた。
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