アンダー・アンダーグラウンド

11

 いつもの昼休み。雪乃の中学のように被害者が出たわけではないこの高校には、今日も変わらぬ日常が訪れている。
 きっと名前に色が入っている者は別だろうが、少なくともこのクラスには僕と月ノ瀬以外に色は入っていないため、変わった空気は生まれない。
 僕は男子だし、月ノ瀬に至っては「まだ」逆に喜んでいるくらいだ。一応、クラスメイトから心配しているような言葉もかけられるが、それも結局は対岸でしかない。
 だから月ノ瀬はその全てを「うん」とか「平気」の一言で断ち切っていた。
 まぁ元々そんなに周りから話しかけられるようなタイプでもないので、クラスメイトもそれで良いのだろう。無視さえされなければそれで。
 だから今日もこのクラスは何も変わらない。何にもならない日常を貪っていた。
「亜希君。これ」
 人も席も乱雑に広がって、めいめいに弁当を広げている教室で月ノ瀬は僕の机に真っ白な封筒を置いた。
「何これ?」
「ん? ラブレター」
 封筒を手に取って眺める僕に月ノ瀬はつまらなそうに吐き捨てて、前の席に腰を下ろした。
「僕に?」
「私に。だよ」
 わかっていたけど、一応確認をとっておく。月ノ瀬は弁当箱を開けて卵焼きを箸で掴むと、こっちも見ずに「読んでみて」とそれを頬張った。
 月ノ瀬のこういった行動は未だに理解が出来ない。
 容姿が良いせいか、その奇抜な雰囲気もそこまでの防御壁にはならず、この月ノ瀬緑に恋心を寄せる者はそれなりに多かった。ただ月ノ瀬はそれを全く意に介さず、直接の告白はことごとく躱して、こうしてラブレターを送ろうものなら何故かいつも僕に中を読ませた。しかもその方法は多岐に渡る。場所を考えずこうして直接持ってくる時はまだ良い方だ。いつだったか、勝手に下駄箱に入れられていた時は危うく勘違いしかけた事もあった。
 僕は封筒の上に手を置いて月ノ瀬に囁いた。
「教室で読むのは悪いよ」
「大丈夫。他のクラスのだから」
 平然と言ってのける月ノ瀬は本当に趣味が悪い。僕が月ノ瀬に面と向かって逆らえない事を知っていてやっているのだから尚、悪かった。
 僕は食べてから読もうか少し迷ったけど、厄介事は先に片付けてしまおうと封を切る。
 中には便せんが二枚。それにびっしりと男子らしい字で月ノ瀬に対する思いがつらつらと綴られていた。これだから読むのが嫌なんだ。月ノ瀬好きは情熱的な奴が多い。
「全部読んだ?」
「……うん。読んだよ」
「よし。おっけー」
 月ノ瀬は一度も手紙に視線を向ける事無く、ラブレターの話を終えた。
 僕は手紙をまた封筒に戻して自分の鞄にしまう。おっけー、とは、捨てておいてという意味だ。誰かに読まれないまま捨てられるのは可哀相だが、自分は読みたくない。だから僕に読ませて後始末も任せる。「手紙」という物に対しての彼女なりの敬意なのだ。
 別に本人からそう言われた訳ではないのだけど、僕は勝手にそう思っている。
弁当を食べ終えると、月ノ瀬は手紙の事なんかすっかり忘れてしまった様子で、微笑みを浮かべながらカラーネーム事件について話し始めた。
「亜希君! 私は今、冴えてるよー? かなり良い線まで来たと言えるね」
「そう。良かったじゃないか」
「なーんか余裕だなー。やっぱりまだ何か隠してるんだ?」
 僕は空になった弁当箱に蓋をして鞄に戻す。ついでに中からさっきのラブレターを取り出して机に置いた。
「亜希君どうしたの?」
「返事。たまには書いたら?」
「返事はノーです」
 その返事が手紙に対してなのか僕の言葉に対してなのかわからない言い方だったが、さっきの微笑みが嘘みたいに月ノ瀬から明るさが薄れた。少しばかり不機嫌になったようだ。
「月ノ瀬はさ。誰かと付き合ったりしないの?」
「何、急に。しない」
「勿体ない。折角モテるのに」
 月ノ瀬は溜息で返事をする。こういった話題を出すと、退屈を態度で表すのは月ノ瀬の分かりやすい癖だ。
「月ノ瀬はどんな人なら付き合うのさ」
「知らなーい。死体だったら付き合っても良いよー」
「そう。難しい恋愛をお望みのようで」
 僕がイタズラっぽくそう言うと、月ノ瀬は弁当箱を持って立ち上がり自分の席に戻ってしまった。去り際に振り返って、べー、と舌を出す様は残念ながら子供っぽくて、まるで怒りを表しているようには見えなかった。が、一応は怒った時にとる行動の一つだ。
 少しやりすぎかたかな、とも思ったけど、そんな心配もよそに放課後になると月ノ瀬の機嫌はすっかり元通りになっていた。この切り替えの早さも月ノ瀬らしいと言えばらしい。と言うより、それ以上にこの放課後ミステリーツアーが楽しみで仕方がないだけなんだろうけど。
「亜希君! 今日は亜希君の知り合いなんだからいっぱい話してね!」
 道すがら、月ノ瀬は何の遠慮も無く僕に言った。昼休みの事もあったので、僕は黙って頷いておいた。
 少し浮かれ気味に歩く月ノ瀬とは対照的に僕は少しだけ憂鬱になっていた。牧原紫が死んだ場所で月ノ瀬と一緒に居るのは何だか気が引けた。
 僕のそんな気持ちなんてどちらも知る由もないのだけど、僕はそんな独りよがりの葛藤に、いくばくか心が揺らいでいた――――。
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