まどろみ3秒前

「この雨、いつから降り続けてると思う」


気のせいだろうか。私が映る茶色い目が、少し潤んでいるように見えた。私はバス停から顔を出して、雨を覗いてみる。

頬に雨が落ちた。いつからなんて、雨を覗いてもわかるわけがないとはわかっていた。


「まあ、教えてやんないけど」


思いっきし睨み付けてやると、彼は私を見て「あー翠さん怒ってる」なんて言って笑っていた。その呑気さに、思わず口元が緩んだ。


「今日の5時くらいに、この雨は降り始めた」

「…そう」


どうして、そんなこと聞くんだろう。隣に立つ彼の、少し寂しそうな横顔を見つめた。


「雨が降ると、翠さんは眠りから目覚める」


「なにそれ」と私は笑った。私を雨女とでも言いたいのだろうか?カッコつけすぎ、と言おうとしたが、思わず言葉に詰まった。


「だから俺、雨が好きになっちゃったんだけど」


言葉が喉に詰まるほど、雨を映す彼の目が、綺麗で、真剣だったから。その目で、私は捉えられた。

なんて、言われるんだろう。

怖くもなくて、ただ、心臓が鳴る音がした。


「ねぇ、抱きしめてもいい?」


「えっ」と呟いた時には、既に何か優しく温かいものに包まれていた。雨の中のバス停で、私は朝くんに抱き締められていた。

聞いてきたくせに…なんて、そんなことはどうでもよかった。


「…朝くん、」

「…もうっ…どんだけ寝てんだよ…」


彼の声は震えていた。体も僅かに震えている。抱えてきたものが溢れたみたいに。
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