私と彼の溺愛練習帳
帰路の車の助手席で、雪音はぼんやりと雨が降る様子を見ていた。
フロントグラスに当たっては散って、ワイパーで除去される。また新たな雨粒がはじけて、また拭われる。ウィーン、ウィーン、と等間隔で音が響いた。
いつまで続くんだろう、と雪音はそれを見て思う。
私はいつまで彼といられるんだろう。
世界に冠たる一流企業のCM撮影に参加して、芸能界のスカウトを受けるような人だ。昔から大嫌いと言っていたから、以前から誘いは多かったのだろう。まるで別世界の人だ。なのにどうして今、一緒の車に乗っているんだろう。
自称婚約者の女性が思い出される。ここに乗るべきは本来は彼女なのではないのか。閃理はどうして婚約者のことを言ってくれないのだろう。
……言うわけがない。
思って、雪音はため息をついた。
「せっかくのアクアラインなのに雨だなんて」
閃理がこぼす。
「海の上の高速道路ってすごいね。海ほたるからは海の下だけど、それもすごいと思う」
雪音は外を眺めながら言った。
「海ほたるから一緒に夜の海を見たかったな。また今度一緒に来よう」
「来れたらいいね」
また今度。
その機会は本当に訪れるのだろうか。
「……またなにか良くないこと考えてるでしょ」
前を向いたまま、閃理が言った。
「なにも」
「嘘。口数が減ったもん」
雪音はまた雨粒を眺めた。
言った方がいいのだろうか。婚約者に会ったことを。だけど、閃理はちゃんと答えてくれるのだろうか。
彼は嘘を言ったわけじゃない。ただ話してくれなかっただけだ。いつか話そうと思ってくれていただろうか。ずっと話したくないままだろうか。
彼を信じるのなら、話してくれるのを待つべきだ。
だが、それはいつになるのだろう。
「雪音さん、なにか隠してるよね」
「隠してるのは閃理さんでしょ」
思わず、言い返していた。
閃理は答えなかった。