私と彼の溺愛練習帳



「表面フラッシュ現象が起きたんだ」
 紀之の言葉に雪音が首をかしげると、閃理が説明した。
「フラッシュスプレッド現象ともいう。起毛のある服は空気を含んでいるから火がつきやすい。広範囲が一瞬で炎に包まれる」
 ぞっとして、雪音は自分を抱きしめた。

「幸い、すぐに火は消えた。だが、やったことは放火未遂だ。救急車と一緒に警察も呼んだ」
現住(げんじゅう)建造物等放火罪だね。重罪だよ。未遂でも懲役になる可能性がある」
 閃理が言う。
 雪音は実感がわかなかった。

「本当に申し訳ない!」
 紀之は頭を下げた。
「妻を問いただしてわかった。あの家は遺言でもらったと聞いていたが、嘘だった」
「そんなこと言ってたんですね……」
「あいつがひどい態度だったのも気付いていた。だが、止められなかった。私も同罪だ。償うためにも金銭的な賠償をさせていただきたい」

「……家を返してもらえればいいです」
「もちろん、それは当然です」
「引っ越しも愛鈴咲の治療もあるし、お金はそちらに使ってください」
「重ね重ね、本当に申し訳ない」
 紀之はまた雪音に頭を下げた。
「妻と娘に、あなたの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい」
 疲れたように言い、彼は去っていった。




 閃理は雪音の肩を抱きよせた。
「雪音さんは優し過ぎる」
「そんなことないよ」
 お母さんに死んでもらう。そう言った雪音は、閃理に家を取り返すための計画を話した。
 もちろん、本当に死んでもらうわけではない。
< 177 / 192 >

この作品をシェア

pagetop