私と彼の溺愛練習帳
 雪音がその電話を受けたのは土曜日の昼。閃理のマンションでほうとうを食べ終えたときだった。
 慌てて閃理とともに病院に駆けつける。
 病室には叔母夫婦がいた。ベッドに寝ているのは愛鈴咲だ。

「大やけどしたって、大丈夫ですか?」
 駆け込んだ雪音に、紀之は顔をしかめて久美子に言う。
「お前、なにを言った」
「本当のことよ。あんたのせいで愛鈴咲が大やけどしたって」
 彼はため息をつき、雪音に頭を下げた。

「愚妻が申し訳ない。やけどは軽傷です」
「パパひどい! 私こんな目に遭ったのに!」
 叫ぶ愛鈴咲を見ると、髪が焼けてちりちりで、アフロみたいなカーリーヘアになっていた。だが、大きな火傷はなさそうだった。

「自業自得だ! 必要ないのに入院するって騒いで! 周りに迷惑をかけるな!」
 紀之が怒鳴り、愛鈴咲が泣きわめく。
 雪音は驚いた。彼が怒鳴る姿など初めて見た。

「かわいそうに」
 久美子が愛鈴咲の肩を抱き、なぐさめる。
「結局、なにがあったんですか?」
 閃理がきくと、紀之は病室の外へと二人を促した。
 そのまま屋上へ行く。
 外にはのどかな青空が広がっていた。
 雪音と閃理にベンチを勧め、紀之は立ったまま話し始めた。
 


 引越しを告げられた愛鈴咲は、雪音に渡すくらいなら家を燃やしてやろうと画策した。
 マッチの大箱を買って来て、昨夜、実行した。
 愛鈴咲はマッチを束にして家の側に置いてほくそえむ。
 これならきっとよく燃える。いい気味だ。あいつの泣き顔を見て笑ってやる。
 そう思いながら一本をこする。

 慣れないマッチに何度も失敗して、ようやくその一本の着火に成功したときだった。
「きゃあああ!」
 愛鈴咲は悲鳴を上げた。
 火は、家ではなく愛鈴咲の服を燃やした。
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