私と彼の溺愛練習帳
 雪音は休みの日に閃理と一緒に市役所に行った。サービス業で平日休みだから、こういうときは便利だ。
 閃理のアドバイスで、母、小萩真知子(まちこ)戸籍附表(こせきふひょう)をとった。戸籍が作られてから現在に至るまでの住所が記載されている。
 書類上では母が引っ越した形跡はなかった。

「こういう書類で確認できるなんて知らなかったわ。ありがとう」
「だけど、手掛かりはなかったね」
 閃理は寂しそうに言った。
「でも、母がちゃんといたって思えるわ」
 思い出の品はすべて叔母に売られるか捨てられた。帰らない人にしがみつくな、と。

「写真はないんだよね」
「全部捨てられたから」
 顔がわかれば探しやすさが大きく違う。そう言って、彼は先日、似顔絵師に依頼した。が、雪音がイメージを伝えられず、似顔絵は似ていなかった。

「私、このままお母さんの顔を忘れちゃうのかな」
「大丈夫だよ」
 閃理は請け合ってくれたが、雪音は自信がなかった。父の顔はすでにおぼろげだ。

「ネットで名前を出して呼びかけてみる?」
「デジタルタトゥーみたいになったら怖いから最後の手段にしたい」
「わかった。雪音さんのペースでやっていこう」
「ありがとう」

 ふと見ると、見知った顔の男がいた。
 伶旺だった。
 雪音は悲鳴をあげそうになる。
 彼は雪音たちに気づくとさっと身を隠すようにして立ち去った。

「え?」
 雪音は驚いて思わず閃理を見た。
「なにかしたの?」
「僕はなにも」
 閃理はふんわりと笑った。
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