初めての溺愛は雪の色 ~凍えるため息は湯けむりにほどけて~
 トイレで鉢合わせたあとも、彼はなにごともなかったかのように仕事をこなす。
 平然としている彼に、ホッとするとともに腹立たしさがあった。
 私ばっかりどきどきさせられて、ひどい。
 しかも、自分が変態だと思われているかもしれない。いや、きっとそうだ。
 エロマンガを持ち込み、AVを持ち込み、男性用トイレに侵入する。もう完全にアウトだ。
 AVだけは誤解だが、ほかは事実だ。

 ずっと彼を気にしながら仕事をするはめになった。
 複合機で過去の書類をスキャンした。
 これ以外にも、初美は過去データの整理も任されていた。
 開発って新商品の開発だけじゃなくて改良もやるんだ、とか、商品企画と商品開発って別なんだな、と感心した。

 お客様の声やアンケートをもとにして発案し、素材やデザインを決め、工場と話し合ったり、営業と打ち合わせをしたり、やることは多い。
 企画書を作って会議するイメージしかなかったから、意外だった。

 素材一つとっても、繊維強化プラスチックのFRP、人工大理石、ステンレス、ホーロー、木材など、いろいろあり、それぞれにメリットとデメリットがある。
 個人、業者、それぞれの要望は多岐に渡る。
 営業が取ってきた仕事、こちらから提案する内容、過去のそれらを見ているだけで頭の中が混乱しそうだ。

 ここに来て二週間目、ずっと雑用と過去データの整理ばかりしている。自分なんて、必要なかったんじゃないかとすら思う。
 もしかして、貴斗の差し金だろうか。華々しい部署に異動させておいて仕事をさせず、嫌になって辞めるのを待つ、とか。やりそうだ。いや、彼ならもっと直截(ちょくせつ)な方法に出るだろうか。だけど他人をいたぶるのも彼の好むやり方だ。

 負けたくない。でも、自分だけ毎日、定時で帰らされるのも嫌だ。
 失恋しただけでも心は凍えるようなのに、仕事までできないとなれば、居心地はまるで氷点下だ。

 事務に戻りたい、と初美はつくづく思った。
「……さん、浮気したんだって」
 後ろを通る女子社員の言葉に、ビクッとした。
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