さまよう綸
 ふと気がついた…えっ?コトンと体からスマホが落ちる音に、あっと小さく声が出る。

‘もしもーし?綸ちゃん?’
「えっ…リッキー…おはよう?」
‘ふっ、おはよ。1時間ちょっと寝たね’
「話していて…寝た…リッキーは寝てないよね」
‘電話もらう前にうとうとしたから同じくらいだよ’

 高須の一大事っていうくらいなんだ。国府もピリピリして何らかの動きはあっただろう。絶対に寝てないくせに…

「ありがとう…リッキー…正宗帰ってくるよね…?」
‘当たり前。這ってか走ってか見ものだ…心配ない’
「ありがとう。今から少し寝てね、私もう大丈夫だから」
‘俺も大丈夫だよ’
「私、今からお味噌汁作らなきゃ。お父さんに頼まれてるの」
‘そう。じゃあまたいつでも電話して。我慢はダメだよ’

 ありがとう、リッキー…泣かないようスマホを握りしめて呟きさっと着替える。5時前、ちょうどいいかな。静かに部屋を出ようとすると部屋の前に昨日の格好のままの伊東さんと小笹さんが立っていた。また目頭が熱くなるのをこらえ

「おはようございます、伊東さん小笹さん」
「「おはようございます」」
「私、台所でお味噌汁作るだけなので少し休んで下さい。一晩中…ありがとうございました」

 二人は私が台所へ入り京太さん親子と挨拶するまで見届けてからお風呂へ行ったようだ。台所ではもう湯が沸くところで

「遅かったですか?すみません」
「いや…眠れなくてちょっと早めに入っただけだよ。味噌汁は綸ちゃんに任せる」
「はい、最後は確認して下さいね。この量の味噌の分量が不安」

 ナメコと豆腐の味噌汁を何とか仕上げ、青ネギを大量に刻む。セルフで好みでお椀に入れてもらうためだ。玉ねぎではないが目にしみる…さっきの涙も一緒に流しちゃえ…

 6時半から朝食可能との決まりらしく、それぞれの仕事の都合で8時半までに取る。6時半に早速「「おはようございます」」と組員が食堂へ現れる。私を見てニカッと笑う者、頷く者、ガッツポーズする者と様々だが誰も昨夜の事については口にしない。7時にお父さんと畠山さんが来た時も特別話は出ず

「綸、味噌汁旨かった」
「綸さん、また破棄書類ためてしまったので後で来て下さい」

 私の前ではいつも通りにしてくれるようだ。あんなことがあって皆はいつも通りの動きでないはずなのに…そう思いながら返って来た食器を洗っていると京太さんが隣で

「綸ちゃんが正宗をここで待つってきっぱり言ったから、皆そっと綸ちゃんをここで見守る事にしたんだよ」

 食器を洗う手を止めずに言った時

「「「お疲れ様です」」」

 何人かの声に京太さんと揃って顔を上げた。
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