さまよう綸
 その夜はマンションでなく本家に帰った。俺たち3人よりも調べものに適した奴がいるのでまず調べ始めてもらい、それからもうひとつ目的があった。

「京太さん、頼みがある」
「どうした?女に逃げられて帰って来たのか?」

 泉先生が大きな関西弁でべらべら話しながら出掛ける準備をしていたのが目に見える。

「いや…弁当を作って欲しい」
「はっ?今からか?」

 俺の兄のような京太さんは彼の父親と共に此処の台所を仕切っている。小学生の時に母親が蒸発したらしく京太さんは父親の職場であるここで育った。彼に事の経緯を話し

「綸が目覚めた時に食わせてやりたい。本当に何もないところに一人でいるんだ…いまも…頼めるか?」
「正宗、マジなんだな…よしっ、美味いの作るよ」

 こうして綸の出生時から現在までを調べ直し、一睡もせず弁当を持ち車で綸の部屋を見上げる。そして眠れなかったか少し寝て目覚めたか…予想通り早朝に部屋の電気がついた彼女の部屋を訪れた。

 布団かシーツかわからぬ薄さの布団が視界に入るがもう驚きもしない。思ったより軽い綸を膝に乗せ、弁当を食べるように言うが強い拒絶を感じ刺激しないようそのまま部屋を後にする。鍵が掛かっていないがアパートをぐるりと若い者に張らせているので問題ない。万が一、綸が部屋を出ることも考え昨夜からずっと数名に頼んでいる。

 そしてまたマンションでなく本家に帰り泉先生に盗聴器を着けてもらうよう頼んだあと、その時間まで浅く短く眠った。

 盗聴器から聞こえる綸の声はいつもの少しハスキーな声と口調で、怖いくらい淡々と自分の死について話す。そしてもらった物を食べたくない理由も聞けた。

「正宗、綸ちゃんの今の話聞いても関わろうと思うか?」
「ああ」

 潤、駿、京太さんも一緒に綸の話を聞いており、俺に強く確認した京太さんに即答する。当たり前だ。

「それなら余程注意深く接してやれよ」
「俺もそう思うよ、京太さん。綸ちゃんみたいに生きる事に執着がない人って危ういよね。他人ならどうでもいいけど、正宗が本気の女なら彼女を絶対に傷つけないように距離をつめないと…時間かかると思うけど」

 京太さんと潤に頷き明日の弁当も頼み、翌日は俺が綸と一緒に弁当を食う。今すぐにでも結婚しようかと言ったが綸には全く響かなかったらしい。今まで女なんて喧しく寄ってくるものだと思っていたからアプローチの仕方がわからない。

 その日仕事のトラブルがあったのと、翌日から組関係が騒がしかったので俺が綸と会うのは避けた。もしも彼女に危害が加えられるような事があってはならない。彼女と会わずその間、なんとか小さないざこざを小さいまま治め、女関係を切る。女が勝手にうるさく付きまとってきても放置していたし都合良く使う事もあったが、勘違いしていそうな女もいるだろうと潤たちに言われ、本命が出来たと触れ回った。
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