さまよう綸

第2話

 次の派遣先はオフィス家具会社の総務課だった。一階がショールームになっており、二階三階に各部署、四階に各役員の部屋と会議室がある。そしてオフィス家具を扱う会社らしく、どの階も快適な空間作りがされている。

 今日も淡々と業務をこなし終業まで20分余りの頃、部署を越えフロア全体がざわついている。‘あの車、何?’‘誰も降りないのにウチの前?’‘2台とも普通じゃない雰囲気だよね…’

 仕事の手を止めないで残業なしにすればいいのに…と思うが私には関係ない。終業時間ぴったりにパソコンの電源を落とし部屋を出る。

「お疲れ様でした。お先に失礼します」
「お疲れ様…」
「あの駒村さんって人、愛想よくないよね…仕事はしてくれるけど…」

 最後に耳に入った言葉に、仕事しに来てるんだからいいでしょ?と心の中で呟きつつ建物の外に出た私は、バッグに手を入れイヤホンを探りながら歩き始めるが……大きな影が行く手を阻む。避けて進もうとすると

「綸」

 腰に響くような子宮に響くような…聞いたことのない甘く心地よい低音のバリトンで名前を呼ばれ思わず顔を見上げた。でもやっぱり知らない人だ。知らない人に名前を呼ばれて心地よいと感じた自分が気持ち悪いな。帰ろう…

「綸」

 また呼ばれ肘の辺りを掴まれる。振り払いながら不機嫌に聞く…不機嫌になるのは仕方ないよね。

「…誰?」
「高須正宗」

 はっ?マサムネ?私の思考は彼の名字を通りすぎ‘マサムネ’に反応した…マサムネって名前の人はタイプは違えど声がいいのか…?

「…どうして私の名前を知ってるの?」
「調べた」

 はっ?調べた…?不穏なことを堂々と言う相手の顔を見上げる。漆黒ミディアムのパーマかくせ毛が無造作ながらにもセットされている。6:4ほどで分けられ額の1/3ほどが隠れているのも彼のセクシーさを増長させているようだ。

「理由は?」
「お前に会うため」
「…頭…大丈夫?会ったことないのに…」

 ぶはっ…と吹き出す声が彼の後ろからし

「頭大丈夫って…若、言われたの生まれて初めてじゃないですか?」

 小声で言うが私には丸聞こえだ…若?

「綸さん、ギャラリーが集まってます。車に乗って頂けませ…」
「無理です」

 後ろの彼が言い終わる前に歩き出す。その後ろの彼が私の隣にすっと寄り

「うちの車、綸さんが今までに聞いたことのないようないい音であなたの大好きな‘マサムネ’が聞けますよ」

 一瞬で私の心を奪った。
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