さまよう綸
 彼は腕を私の前で組むと肩口に顔を埋めくぐもった声を出した。

「…怖かった…伊東からの電話を受けたとき…俺怖かったんだ…自分に刃物が向いても何ともないが…綸が…」
「うん…怖かったね…でも助けてもらったんだ、私。正宗と一緒にいる、高須になるというのは…そういう事も含めてでしょ?だからここの皆に助けてもらいながら生きていこうと思う。ケガをした小笹さんには本当に申し訳ないけど…今日は私が本当に正宗の婚約者として隣に立つ決意ができた日だよ」

 彼は私を体ごと振り向かせると

「綸…覚えているか?マンションに来てすぐ‘俺を独り占めするために殺したくなったら刃物を両手でしっかり握ってこい。俺が引き寄せて抱きしめてここで受け止めてやる’と言ったのを」

 そう言い彼は私の右手を自分の心臓の上に置く。忘れるはずのない言葉だ。

「うん、覚えてる」
「俺は綸に殺される以外は…誰に後ろ指差されようが、どんなにバカにされようが這ってでもお前のところに戻る、必ず。だから綸…お前も生きろ、何があっても…どんなにぼろぼろになっても俺のところに戻れ」

 なんて物騒な愛の告白だ…それに心震える私はどうかしているのだろうか?

「約束する。何かあっても…血塗れでも…正宗のところに戻って…最後はあなたの腕の中で逝く」
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