強気で完璧なお嬢様は執事の前でだけヘタレ
「……」
「どうして、二人きりのときだけ名前で呼ぶの?」
藤太が目を伏せる。
「わからない」
「……」
「俺にもわからない」
その答えが、なぜか視界をにじませた。
けれど、同時に少しだけ口角が上がった。
藤太にもわからない。
わたくしにもわからない。
なら今はまだ、この気持ちに名前をつけなくてもいいのかもしれない。
藤太はそんなわたくしの顔を見て何を思ったのか、一礼して部屋を出てしまった。
それから顔を合わせることはなく、その日の夜。
屋敷はいつも通り静まり返っていた。
わたくしは自分の部屋で、一人窓の外をぼんやりと見やる。
──庭に月が落ちていた。
あの夜と同じ月。
藤太が上着をかけてくれた夜。
わたくしたちが一人で抱え込まないと約束した夜。
あのとき、わたくしは思った。
この人がそばにいてくれたらいい。
ただ、それだけ。