隣国王を本気にさせる方法~誘拐未遂4回目の王女は、他国執着王子から逃げ切ります~

29 お見合い七日目1

 お見合い最終日の七日目。

 この日のお見合いは夕食だった。オスカーの仕事が日中は詰まっているらしく、夕方前から時間が空くとのことだった。どこで夕食をしたいか尋ねられたレティツィアは、先日オスカーと一緒に夕食をした丘の頂上付近にある眺めの良い宮殿を希望した。

 上半身白色でスカート部分が薄ピンク色のドレスで着飾ったレティツィアは、夕方に迎えに来たオスカーに「今日も美しいですね」と手の甲にキスをされながら賛辞を述べられる。そういうオスカーこそ一段と美貌が輝いているなと思いながら、「オスカー様も今日も素敵ですね」と微笑んで返事をして、二人は馬車に乗り込んだ。

 丘の上の宮殿に着き、最上階にある先日夕食をした扇形の部屋の反対側、もう一つの扇形の部屋をレティツィアは案内してもらう。

「こちらの窓も、眺めが良いですね」
「ええ。ただ、こちら側は王都の街ではなく宮殿の裏手にある木々しか見えません。夜になると暗くて何も見えないのですよ。ですから、反対側の部屋の方が見ごたえがあります」
「あら、何も見えないということはないと思いますわ。暗いからこそ、星の輝きがはっきりと見えて綺麗だと思います」
「……それは確かに。そういう着眼点は俺は無かったですね。街の明かりが作る景色は綺麗ですが、星の瞬きもまた違った輝きがあって綺麗です」

 夕焼けと夜の変わり目にある空には、すでに星がちらほらと瞬いている。レティツィアが自国で見ることのできる星と同じものだろう。きっと自国で星を見るとき、この夜を思い出すに違いない。

 夕食のために反対側の扇形の部屋に移動した二人は、美味しい夕食と会話を楽しみ、食後に一階へ降りて庭に出た。街の明かりと、庭のところどころにある淡いろうそくの明かりが幻想的で美しい。庭に設けてある小道を、レティツィアはオスカーと手を繋いで歩く。

「アシュワールドはいかがでしたか。楽しめましたか」
「はい、とても。オスカー様には感謝しております。わたくしのわがままに付き合って下さり、優しくしてくださって、ありがとうございました。オスカー様は、将来、間違いなく素敵で素晴らしい旦那様になられることでしょう」
「……では、レティツィアが俺の妻になりませんか?」
「え?」

 レティツィアは驚いて立ち止まる。

「明日、レティツィアが持ち帰る書簡には、正式にレティツィアを婚約者にしたいと記載するつもりです。ヴォロネル王であるレティツィアの父上が了承すれば、俺たちは婚約をして、いずれは結婚することになるでしょう」
「……そんなの、駄目です! わたくしはオスカー様に――」
「ええ、婚約を断ってもらうつもりだったのですよね。分かっています。ですが、俺はレティツィアが欲しくなってしまいました」

 かぁっと顔が熱くなったレティツィアは、嬉しいと思ってしまう気持ちを否定する。

「わたくしには、プーマ王国の第二王子という、わたくしに執着する厄介な方がいます。わたくしと婚約すれば、第二王子の怒りを買うことでしょう。何をされるか分かりません」

 過去、噂レベルであっても、レティツィアの婚約者候補にと名の上がった国内の令息は、もれなく第二王子の嫌がらせにあってきている。ただの嫌がらせだけでなく、無事だったものの命を脅かされた令息もいる。今では、例えレティツィアに好意を抱いても、第二王子に目を付けられたくない令息たちは、その好意を表に出すことさえしない。

「プーマ王国の第二王子など、自国の王太子という地位に近いというだけの、今はただの一介の王子に過ぎません。自国の後ろ盾を笠に着てヴォロネル王国で好き放題しているようですが、俺の国で好きにさせはしない。それに、俺はしぶといので、簡単にやられはしません」
「や、やられる!? オスカー様は、怪我をしてもダメです!」
「ははは、怪我などしませんよ。こう見えて、俺はそこそこ強いのですよ? 王が直接剣を扱うと、威厳がないとか、堂々としていないとか、王は後ろでいばってろとか、周りが煩く言うので今は俺は大人しくしていますが、王になる前はまあまあやんちゃしていたので、俺自身とレティツィアくらいは俺が守れます」

 レティツィアはじわじわと溢れそうな涙を我慢する。

「わ、わたくしは、オスカー様の婚約者候補の打診を利用した、ヒドイ人です。オスカー様には相応しくはありません」
「そんなこと、気にしていませんよ。そもそも、俺はまだ結婚には前向きではありませんでした。周りがうるさいので、形だけでもお見合いをしていたに過ぎない。そのうち、気になる女性ができればな、という軽い気持ちの婚約者候補の打診なのですから、レティツィアがそれを利用したことを気に病む必要はないです。まあ、そこで俺はレティツィアの『わがまま』にやられたわけですから、レティツィアはそういう意味ではヒドイ人かもしれないですね?」
「……? やられた?」
「ええ。レティツィアの『わがまま』が可愛いのがいけないのです。俺に断ってもらうための作戦だったのでしょう? ですが、逆に俺は『わがまま』が可愛すぎて、毎日楽しかったですよ」

 いつのまにか零れ落ちていたレティツィアの涙を、オスカーが指で拭う。

「わ、わたくしは寂しがりなんです。結婚したら、オスカー様にもっと一緒にいてと言うかもしれません。わがままだって、もっとたくさん言うかもしれませんよ」
「レティツィアと一緒にいられる時間なら、喜んで確保しますよ。レティツィアのわがままは俺は好きなので、もっと言ってくれていいです。それに、俺に仕事を休ませたい部下は、レティツィアに夢中な俺を大歓迎するでしょうね」

 オスカーがレティツィアの両手を握った。

「レティツィア、この数日間で俺はレティツィアを好きになりました。一生大事にするので、俺と結婚しませんか? 一緒に楽しい時間をレティツィアと過ごしたい。ずっとレティツィアのわがままを聞いていたいのです」
「……っ、わたくしもオスカー様が好きです」

 言うことは叶わないはずだった気持ちを口にして、レティツィアはぽろぽろと涙を流す。

「でも、本当に良いのでしょうか。わたくしなど――」
「レティツィアがいいのです。レティツィアだから俺は欲しい」

 オスカーはレティツィアを抱きしめた。そしてレティツィアの耳元で囁く。

「好きですよ、レティツィア。俺と結婚、してくれますか?」
「……はい」

 レティツィアが嬉しくて止まらない涙を流す間、オスカーはずっと抱きしめるのだった。
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