隣国王を本気にさせる方法~誘拐未遂4回目の王女は、他国執着王子から逃げ切ります~

08 姉妹の形

 次兄ロメオの婚約者であるメルチ伯爵家の長女クラウディアは、気が強そうに見える顔立ちの美人だが、大変優しい女性である。クラウディアは現在二十歳、すごくしっかりした方で、次期後継者のクラウディアの兄の事業の手伝いもしているという。自身にも妹がいるからと、レティツィアにも優しくしてくれる。レティツィアはすぐにクラウディアが好きになった。

 そんなクラウディアの妹なのだ、良くない噂はあるようだが、きっと変な女性ではないだろう、そう思っていた。しかし、エミーリアは半年前に招待したお茶会で、空気の読めない発言をしたのである。

 レティツィアが王女だからか、さすがにレティツィアが口撃にはあわなかったが、他の令嬢に「そんなに食べると、ドレスがもっと似合わなくなる(これを言われた令嬢は、ふくよかだった)」「化粧が似合ってないから、教えてあげようか(これを言われた令嬢は、年齢より大人に見える顔つきの自分を気にしてる)」など、もう少し柔らかく言ってはいたが、エミーリアはさも親切で教えてあげている、とでも言うように無邪気に発言するのである。当然、空気が悪くなったのは、言うまでもない。

 そのお茶会の帰り、レティツィアはエミーリアに話しかけられた。ちょうど次兄ロメオとクラウディアが婚約した直後で、妹同士、仲良くしたいとのことだった。

 エミーリアは、少し空気は読めないが、二人で話せば違うかもしれない。兄と姉が結婚するのだ、できることなら妹同士も仲良くできたら、そんな思いから、レティツィアはエミーリアの誘いに頷いた。

 後日、エミーリアを招待して二人でお茶会をした。そこで、前回のお茶会とは比にならないくらいの衝撃をレティツィアは受けた。

 エミーリアが長々と口を開く。
「姉のクラウディアは気が強く、いじわるな女性である」「ロメオを甘言で騙して婚約者の座を射止めた」「妹に良い思いをさせたくないほど意地悪で、いつも妹からいろんなものを奪っていく」「綺麗なドレスや宝石をたくさん持っているのに、妹に分け与える気がない。一つ宝石を借りただけなのに、失くしたからって激怒していじめられた」「姉よりロメオの婚約者として相応しいのは自分だ」「レティツィアがロメオに婚約者を変えた方がいいと言って欲しい」「クラウディアの悪いところを、ロメオに教えてあげて欲しい」などなど。

 頭がクラクラした。エミーリアは何を言っているのだろう。妹同士、仲良くしたい、そういった話だったはずなのに、最初から最後まで姉クラウディアに対する不平不満と、自分が良い思いをしたい、といった願望を垂れ流す。しかし、全体的に、「あんな姉と婚約させられたロメオが可哀想、私は心配している」といったことを間に挟みながら、さも良いことをしている気なのだ。悪意がなさそうで、悪意のある発言に、レティツィアはあてられてしまい、しばらく頭が痛かった。

 しかし、当然その後、兄ロメオに訴えた。全てロメオに話をした。もしクラウディアを貶める何かが今後あるとすれば、犯人は妹エミーリアの可能性がある。だからクラウディアを守ってあげて欲しい。ロメオもエミーリアの噂は知っていたらしいが、ロメオと会ったエミーリアがそういった発言をすることがなかったので、半信半疑でいたようだ。しかし、兄は頷いてくれた。きっとロメオはエミーリアに騙されることなく、クラウディアを守ってくれるはずだ。

 しかし、姉妹なのに、ああも姉に敵対心が沸くものなのだろうか。姉が羨ましい、負けたくない、そのように思うことはあるだろう。しかし、あれほどのまでの悪意が持てるものなのだろうか。兄妹仲のいいレティツィアには、理解できない。クラウディアとエミーリアは母が違うという。エミーリアの母は後妻で、父は同じだけれど、そういったところに何か確執でもあるのだろうか。

 しかし、そんなことがあったからと言って、エミーリアを露骨に遠ざけるわけにはいかない。だから、半年ぶりにお茶会に招待しようと思っているのだ。

「当日はレベッカも来てくれるでしょう? 他にも仲の良い令嬢も招待しているし、楽しくお話をしたいのだけれど……」
「もちろん、行くわ。レティはわたくしが守ってあげるから、任せて頂戴」

 レベッカがレティツィアを抱きしめる。頼もしい従姉妹に抱きしめられるのが嬉しくてレティツィアは笑みを浮かべていると、部屋のドアが開いた。

「レティ様! いらっしゃっていたのですね」
「ラウル、お邪魔しているわ」

 現れたのは、レベッカの弟ラウルである。レティツィアの従姉弟で、現在十五歳。次期公爵である。姉レベッカに似た美貌で、すでにイケメンである。
 ラウルはレティツィアの手をすくうと、指先にキスをする。

「姉上、レティ様がいらしているなら、僕も呼んで下さればよかったのに。知らなかったので、遅れてしまいました」
「ラウルは呼んでいないわ。部屋から出て」
「嫌です。レティ様、少し立っていただけませんか?」

 ラウルの促され、レティツィアが立つとラウルは笑った。

「やっぱり! レティ様、僕の背の方が高くなりました!」
「わぁ! 本当だわ。ラウルったら、大きくなったわね! 一ヶ月くらい会っていないだけなのに、こんなに伸びるなんて」
「成長期ですから! 失礼」

 ラウルは断りを入れ、レティツィアを抱き上げた。

「ほら! もう僕だって、レティ様を抱っこできます! これなら、アルノルド兄上だって、僕にレティ様を任せると、言ってくれると思いませんか?」

 なぜかラウルは小さいころからレティツィアをお嫁さんにする、と言っているのだ。アルノルドにレティツィアより小さい内は、この話は聞かない、と言われているようで、背の高さがレティツィアより大きくなり、抱っこもできるからお嫁さんにするという話をアルノルドが聞いてくれると言いたいらしい。

 ラウルはどこまで本気なのだろうか。分からないが、大好きなラウルの気持ちは素直に嬉しくて、レティツィアはラウルの頬にキスをした。

「そうね、アルノルドお兄様も話を聞いてくれるようになるかもしれないわ」
「やった! よし、明日さっそくアルノルド兄上のところに――」

 ラウルが言い終わらないうちに、レベッカが怒り笑いをしながらラウルの頬を引っ張った。

「いい加減になさいな! まだまだちびっ子が何を言うの! まだわたくしより背が低いじゃないの! それと、いい加減、わたくしのレティを下ろしなさい!」
「成長期ですから! すぐに姉上も追い越します! それに、レティ様は姉上のではなく、僕のです!」
「生意気な! これだから弟は可愛くないのよ!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ姉弟げんかを眺めながら、レティツィアはこう見えてこの二人も仲が良いな、とほっこりするのだった。
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