あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~
プロローグ
 レナートははらりと落ちてきた癖のある黒い前髪をかき上げた。
 一つに結んだ髪が胸元に流れてきたため、手で払いのける。長くて鬱陶しい髪だとは思いつつも、髪にも魔力が宿ると言われているこの国では、魔術師に長髪が多いのだ。
 そろそろ産まれそうだと産婆から言われ、部屋を追い出されたのは一時間ほど前。
 その間、扉一枚隔たれた向こう側からは、妻であるウリヤナの苦しそうな声が聞こえてくる。
 最後までお腹の子に魔力を注ごうとしたら、産婆に止められた。
『この子は、もう十分に旦那様の魔力に馴染んでおりますよ。これ以上の魔力を注ぐと、ウリヤナ様のほうが持ちません』
 レナートにとっては初めての子である。そのため、いつまでにどこまでの魔力を注いだらいいのかもわからなかった。
 部屋を出る間際に、ウリヤナはレナートに向かって手を伸ばしてきた。彼はその手を両手で握りしめた。
『部屋の外で待っている。力になれなくて、悪いな……』
 その言葉にウリヤナは首を横に振る。
 彼女の鮮やかな勿忘草色の髪は一つで結ばれてはいるものの、寝台の上ではその先が広がっていた。汗ばんでいる額には、前髪がぺったりと張りついている。その汗を手巾で拭って、水を飲ませてから、レナートは部屋を出た。
 無力であると感じた。
 扉が閉まり、向こう側と遮断されてから、ずっとこの扉の前に立っている。
 通路の天窓から見える空には、いくつかの金色の点が輝いている。
 いつの間にか、夜になっていたのだ。
 彼女の部屋へ向かったときは、まだ日が高く、作り出される影も短かったはず。お産がこれほど時間がかかるものであると、知らなかった。
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