【小説版】セーラー服を脱ぐ前に〜脅迫されて 溺愛されて〜
 数時間前とまったく一緒。覚悟が足りなかった。震える手が情けない。
 私は私の夢のために、おじい様の駒にされる私自身も駒にしてやろうと決めたはずだった。
 おじい様が用意した箱庭で、おじい様が私の夢を人質に私を駒にしようとする限り、私は私の夢に邁進できる。私の夢はおじい様にとって利用価値がある。だから、合格の二文字をつかむことが出来た。
 両親の遺産を自由に動かせるようになったとしても、おじい様以上の庭が用意できるとは到底思えなかった。
 あの時探し出した逃げ道を示されても、それを選べないでいる。
 再度、腹を括れと迫られているようだった。括らなければ。

「そうよ――私が望んだ結婚よ!」

 私がつかんだのは離婚届ではなく、本間さんが淹れた紅茶。
 一気に飲み干すと胸の中が焼けるようだった。
 舌の火傷も、滲みそうになる涙も、気取られないように本間さんを真っ直ぐに睨みつける。
 そんな私とはうらはらに、にっこりと笑顔を返される。

「では、両性の合意の基の結婚ということで。お祝いしましょうか」

 私の睨む攻撃をのらりくらりとかわして、背を向けた本間さんがキッチンから持ってきたのは、小ぶりな二段のホールケーキだった。
 ベリー系のフルーツが花畑のように敷き詰められた中に、どことなく私と本間さんに似たタキシードとウエディングドレスの男女の砂糖菓子が乗っている。
 天蓋付きのベッドといい、おじい様は案外と乙女趣味だった。

「ケーキ入刀します?」

「しません!」

 ナイフを構える本間さんに言い返しながら、パイ投げよろしくケーキをつかまなかっただけ偉いと思う。
 おじい様の悪趣味ともいえる乙女趣味に、毒気のない本間さんの笑顔が逆に腹黒く思えて仕方がない。
 おじい様のオーダーとはいえパティシエが丹精込めて作った物だろうし、材料だってもったいない。食べ物に罪はないから粗末にはしない。
 それに、パイ投げ形式とはいえそれを本間さんが食べたらファーストバイトみたいでなんだか嫌だ。
 今日は婚姻届けにサインをさせられただけだけど、今後おじい様が結婚式を上げようとか言い出したらどうしよう。
 考えるだけで憂鬱で、思わずため息がもれた。
< 9 / 10 >

この作品をシェア

pagetop