嘘と恋とシンデレラ

 ふっと目を開ける。

 身体中がずきずきと痛み始めた。
 刻まれた傷や痣が、(つた)のように絡みついて締め上げてくるみたい。

「やっぱり……隼人? 」

 後ろに彼がいる想像が鮮明に出来てしまう。
 だけど、それはあくまで想像だ。記憶じゃない。

(思い出せない……)

 しかし、ここに立ったとき恐怖のほかにも風に(あお)られるように強い感情が湧き上がった。

 “もの足りない”。
 そんな感情。
 わたしは何かを切望していたようだ。

(何だろう? わたしが欲しがってたもの……)

『誰かに好かれたい、愛されたい、って気持ちが強くて。だから僕といてもすぐ不安になって……。何度も聞かれたよ、わたしが好きかって』

 星野くんの言っていたことを思い出す。

『言葉にしてくれなきゃ分かんない。わたしだって愛されてるか不安になるんだよ』

 そんな自分の言葉まで蘇ってきた。
 はたとひらめく。

「……愛?」

 愛が足りない?
 何の愛? 誰からの?

(愛沢くんってことはないよね?)

 むしろ充分過ぎてあり余っているくらいなのだから。

 じゃあ星野くんだろうか。
 わたしは彼のことが好きだった?

 その場合でも、過去には愛沢くんを想っていたかもしれないけれど。
 少なくともその結論はありそうなものだった。

 星野くんは確かにわたしを好きだと言ってくれたけれど、どこか淡白(たんぱく)というか、しれっとしている感じがする。

 愛沢くんほど感情的にならないし、だからこそ本心が見えづらい。

 諸々(もろもろ)の事情を抜きにしても、わたしが愛沢くんといても嫉妬する素振(そぶ)りすらない。

 本当にわたしを想ってくれているのか、ちょっと不安になる。

(じゃあ“もの足りない”って、そういうことなのかな?)

 わたしが“王子様”に求めていたのは、愛だったのかもしれない。

 だとしても、どうしてここでそんなことを思ったんだろう?



「こころ……?」

 息をついたとき、不意に声をかけられた。
 はっとして見下ろすと、階段の下に星野くんが立っていた。

「あ……」

 慌てて手すりから腕を下ろす。

 思い出せないものかと(ねば)っているうちに、いつの間にか放課後の時間帯になっていたようだ。

「そんなところで何してるの?」

 一歩踏み出した彼から逃れるように、咄嗟に後ずさる。
 反射的にそうしてから、我に返って戸惑ってしまう。

(あれ? 星野くんは味方、なんだっけ?)

 だったら逃げる必要なんてない、よね?

 そう思い直し、わたしはおぼつかない足取りで階段を下りていく。
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