エルピスの花嫁~双子の神様に愛されて~小説版
 あくびを噛み殺しながら洗面所に向かう。クマこそ出来てないけど、鏡のなかの私は酷い顔をしていた。死相じゃないけど、疲れてますって感じ。

 まずは歯磨きと鏡の中の自分から目を逸らして、歯磨き粉とチューブを手に取る。

 前にいつメンと朝食の前に歯磨きするか後にするかって論争になったことがある。
 私と花と栞里は朝食前、芽依と正美は朝食後だった。寝起きの粘着きが気になるし、寝起きの口内は菌が凄いって聞いたことがある。学校に歯ブラシ持って行ってないしごはん直後の歯磨き習慣はなかったけど、芽依の正美に言われてから家ではうがい、外ではお茶を飲んで締めるようになった。

 そんなことを考えながら歯磨きを終えて口をゆすいでいると、鏡に映る自分の後ろに人影が現れた。咲仁くんだ。

「はよ……」

 寝起き不機嫌タイプなのか、眉間にシワを寄せて険しい顔をしている。寝るときはマスクを外していたから、今もつけていない。
 布団は頭まで被っていたし、咲仁くんの素顔をしっかり見るのはこれが初めてかもしれない。

 幸夜くんと同じ顔なのに、髪の色とか表情のせいなのか全然違う。
 人懐っこい幸夜くんと違って、人を寄せ付けまいとピリッとした空気を感じる。
 夜って漢字が名前に入っているのは幸夜くんの方なのに、咲仁くんの方が夜みたい。冷たい銀色の三日月の爪を研ぐ夜。
 
 ドキドキして、鏡越しなのに顔をよく見れない。

「おはよう」

 そう返すだけで精いっぱいだった。

 口をゆすぎ終わった私と入れ違いに洗面台に立つ咲仁くんは歯ブラシを手に取っていた。
 私と同じ、寝起き歯磨きタイプなんだと思うと、なんだか嬉しかった。

「なに?」

 私の視線に気づいた咲仁くんが、私を振り返った。

「べ、別に……」

 別に、みんなと話すみたいに寝起き歯磨き派なんだねとか、軽く言えばいいだけなのに。なのに、上手く言葉が出なかった。

「あの……」

 でも、私には咲仁くんに言わなきゃいけないことがあった。
 雑談よりも、大切なこと。
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