小説版 yellow 宝の星と光の戦士

十六の誕生日

 蝉の声が鳴り響く、八月中旬。小さな洋食店に、少女たちの笑い声が響いていた。

「うわぉ! アイスケーキだ!」

 喜びの声をあげた少女の名は、本田(ほんだ) 日葵(ひなた)。大好物であるアイスが、ケーキの形となって、テーブルの中央に運ばれてくれば、目を輝かせて、それを見つめる。

「いただきまーす!」

 フォークを片手に、さっそく食らいつこうとした日葵だが……。

「待て」と、周りの友人たちに止められてしまった。

 何故なのかと首を傾げる彼女は、お決まりの事を忘れている。

「食べる前に願掛け! 基本中の基本でしょ!?」

 願い事を言い、ケーキに立てられた蝋燭の火を消せるのは、主役の特権。早く食べたい気持ちをぐっと堪え、日葵はパチンと手を合わせた。

「十六歳も、美味しいアイスがいっぱい食べられます様に!」

 早口で願い事を言い終えると、再びアイスケーキに手を伸ばす。

「いただきま……」

「火、消して!」

 アイスケーキに刺さった蝋燭の、小さな火を消さずに食らいつこうとした日葵は、二度目のおあずけをくらった。

 今日は、そんな彼女の誕生日である。日葵は、十六歳になった。





 友人のアルバイト先である洋食店に、日葵が呼び出されたのは、正午前の事。定休日の今日は、店長が特別に、誕生会の会場として借してくれたらしい。

 カントリー調の小さな店の外壁には、いくつかの小さな窓がある。その中で一番出入り口に近い窓から、一羽の鳥が中の様子を伺っていた。

(どうしましょう……。日葵さんをお迎えに参りましたのに、大勢のご友人とご一緒だとは……)

 人間の様な思考をする、おかしな鳥。その鳥が見つめる先で、やっと蝋燭の火を消した日葵に、一人の友人から愛の説教という名の文句が、グチグチと告げられる。

「十六にもなって願掛けはアイスだし、蝋燭の火を消さずにケーキを食べようとするし」

 日葵に文句を告げている友人の名は、宮崎(みやざき) 志保(しほ)。キリッとした目が特徴な、クールな美人顔。露出が多めの服にメイクもバッチリきめている志保は、大人に見える。……が、日葵と同じ高校一年生だ。


 グチグチと告げられる志保からの文句より、日葵の意識はアイスケーキに向かっている。

「それよりさぁ……」と切り出し、志保の説教を遮った。

「何よ?」

「まだ、食べちゃダメ?」

「ダメ! 志保様の愛のお説教中でしょ!」

「アイスケーキ、溶けるし!」

「そんなの、溶けたら飲めば良いでしょ!」

 せっかくのアイスケーキを、そんな方法で味わえというのか……。二人の会話を聞いていた友人たちも、思わず顔を引きつらせた。

「志保ちゃん、中学卒業と同時に引っ越しちゃって以来だけど……」

「変わってないね……」

 中学卒業と同時に遠くへ引っ越してしまった志保。中学生の頃の友人たちと再会した彼女には、毒のある言葉を吐くという習性があった。

「毒ヘビ」と、懐かしの志保のあだ名を呟いた日葵に、ヘビ睨みが向く。

「ちょっと、トイレ……」

 毒蛇に睨まれた日葵は、アイスケーキを一口も口に出来ないまま席を立った。

(今です!)

 外から様子を伺っていた鳥が反応し、少し開いていた窓から店内へと忍び込む。鳥はトイレに向かう日葵の後を追いかけた。
< 6 / 7 >

この作品をシェア

pagetop