君との恋のエトセトラ
「コーヒー、ここに置きますね」
「ん、ありがとう」

夕食の後、ダイニングテーブルに資料を広げた航に凛は声をかける。

大事な資料を汚さないように、少し離れた所にカップを置いた。

向かいの席に座り、航からプレゼントされたお気に入りのマグカップでミルクティーを飲みながら、凛はさり気なく資料に目をやった。

(珍しいな。河合さん、いつもはソファでパソコン広げるのに、今日はダイニングで資料だけ眺めてるなんて)

そんなことを考えていると、んーと難しい顔をしながら航が視線を上げる。

「ちょっと聞いてもいい?」
「はい、何でしょう」
「このデザイン、君はどう思う?」

凛はテーブルに置かれた広告デザインを、身を乗り出して覗き込む。
どうやら新発売の化粧品の広告らしかった。

「これはSP広告ですか?」
「お、うん。よく分かったね」

セールスプロモーションとして、販売促進を目的としてつくられたデザインらしい。
交通広告や屋外広告、フリーペーパーや折り込みチラシ、店頭のPOPなどで使われ、テレビCMなどのマス広告に比べてコストが低く、中小企業でも手を出しやすい広告だった。

「新規のクライアントなんだけど、担当者が30代の女性で、まだお互いあんまり打ち解けてないんだ。俺も化粧品会社は初めて担当するしね。今日打ち合わせに行って、うちのクリエイティブチームから上がってきたこの原案を見せたら、どうも反応がイマイチで。出直して来ますって早々に切り上げたんだ」
「そうだったんですか。だからお帰りが早かったんですね」
「うん。次回の打ち合わせには、納得してもらえるものを持っていかないと。でも担当者の意図が分からなくて困ってる」

凛はもう一度じっくりと広告を見てみた。
夜空にキラキラと星が輝くようなデザインで、メイクで魔法がかかるイメージらしい。

ファンデーションとリップ、ルースパウダーの3種類の写真が添えられ、コンパクトの見た目も可愛らしく、持っているだけで気分が上がるようなラインナップだ。

デパートではなく、雑貨のショップで買えるような低価格のコスメだった。

「女の子が好きそうな商品ですね。主なターゲットは10代20代でしょうか?」
「そうらしい。うちのクリエイティブチームにも、若い女の子に好まれそうなデザインで広告を作ってもらった。だけどクライアントの担当者は、これだと若い女の子は敬遠しそうって言うんだ。どういう意味だと思う?」

うーん、と凛は考え込む。

「あの、あくまで私の感覚なので参考にはならないかもしれませんが」
「いや、大丈夫だ。聞かせて欲しい」
「はい。この広告のデザイン、せっかく綺麗な夜空と魔法のイメージなのに、色が邪魔しているような気がして…」
「色が邪魔?」
「えーっと、例えばこの部分です。ピンクで商品を浮かび上がらせてますよね?私もピンク色は好きですけど、ここにピンクはいらないです。なんだか『こういうの、若い子は好きなんでしょ?』って言われているみたいで」
「あ!それでか。担当者が、わざとらしいって言ってたのは」
「そうかもしれないです。なんだかこちら側に寄せて来ようとしている感じがして。あざといイメージはメイクのイメージとしては良くない気がします。それに本当に心に残る広告は、自分の好みに寄せられたデザインではなく、思わず目を奪われてしまう新鮮なデザインなのかもしれません」

なるほど…と、航は腕を組む。

「そうすると、君ならこのデザインどう改良する?」
「そうですね。私なら全面この夜空のデザインにします。このキラキラも、もっと小さくして散りばめて、色も控えめに。商品の周りもすっきりシンプルにして、説明文ももっと小さくてもいいです。まずは目を引くこと。素敵だなって興味を惹かれれば、じっくり細かい文字にも目を通したりしますから」

凛の言葉に聞き入っていた航は、大きく頷いて顔を上げる。

「クライアントの言ってた意味がようやく分かったよ。まさにそういう話をされていたんだとやっと気づけた。ありがとう」
「いいえ。何かの参考になれば良かったです」

微笑む凛に、航はもう一度ありがとうと礼を言った。
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