君との恋のエトセトラ
「君が手掛けた化粧品のSP広告。あれがふと目に留まってね。シンプルだけどなぜだか引き込まれた。あれは先方から一発OKもらえたデザインなのかい?」
「いえ。実はダメ出しを頂きました。新規のクライアントでまだ私も担当の方とそこまで親しくなかったので、先方の意図もよく理解出来ず、頭を悩ませました。そこで職場の女性スタッフに意見を聞いてみたのです。そのアドバイスを元に修正をして、OKを頂きました」
「ほう。その女性スタッフのアドバイスとは?」
「はい。初めはデザインの下の方、商品の写真の周りをピンクで囲ってあったのです。それを、せっかく綺麗な夜空と魔法のイメージなのに、色が邪魔していると。『こういうの、若い子は好きなんでしょ?』と言っているようで、あざといイメージはメイクのイメージとしては良くない。それに本当に心に残る広告は、自分の好みに寄せられたデザインではなく、思わず目を奪われてしまう新鮮なデザインだと言われました」

梶谷は視線を落としたままじっと耳を傾けている。

「具体的に、全面を夜空のデザインにして色も控えめに。商品の周りもすっきりさせて説明文ももっと小さく。まずは目を引くこと。素敵だなと興味を惹かれれば、じっくり細かい文字にも目を通してもらえると言われて、それをクリエイティブチームに伝えて修正しました」

話し終えると、梶谷は大きく頷いて顔を上げる。

「実に的を射てる。本当に心に残る広告は自分の好みに寄せられたデザインではなく、思わず目を奪われてしまう新鮮なデザイン、か。名言だな。その女性スタッフは営業なのかい?それともデザイナー?」
「いえ、あの。派遣社員の事務職です」

ええ?!と梶谷は目を見開く。

「どこの派遣会社?そんな優秀な人材、うちに移って来て欲しいよ。給料は倍にするから来てくれって誘ってみようかな」

えっ!と今度は航が目を見開く。

「そ、それは困ります」
「どうして?彼女だって派遣社員よりうちで正社員になる方がいいと思うよ?」
「あ、あの…。困るのは、その…」

初めてしどろもどろになる航を見て、梶谷はしたり顔になる。

「なーんだ。なるほど、そういうことか」

え?と航が首をひねると、梶谷はおもむろに立ち上がり、デスクの引き出しを開けて封筒を取り出した。

「今度、新作発表会があるんだ。君に広告をお願いする商品のね。君もぜひ来て欲しい」

そう言って封筒に入った招待状を差し出す。

「かしこまりました。必ず伺います」
「モデルや芸能人も招いてサンプルを配るから、派遣社員の彼女も連れて来なさい。大丈夫、ヘッドハンティングはしないよ」

君の前ではね、と付け加えられ、航はまた焦り始めた。
< 51 / 168 >

この作品をシェア

pagetop