君との恋のエトセトラ
「これはこれは、初めまして。株式会社Moonlight 常務取締役の梶谷(かじたに)です」
「初めまして。株式会社スタークリエイティブエージェント 営業部第一課の河合と申します。本日は貴重なお時間を頂き誠にありがとうございます」
「こちらこそ。さあ、どうぞ座ってください」
「はい。失礼致します」

初めての『Moonlight』との打ち合わせ。
案内された応接室ににこやかに現れた梶谷の名刺を見て、航は思わずおののいた。

(常務取締役?いち営業マンとの打ち合わせに、役員が自ら現れるって一体…)

秘書らしい女性がコーヒーを置いてから退室すると、梶谷はどうぞと航にコーヒーを勧める。

「はい、ありがとうございます」

なんだか良い香りのコーヒーを飲みながら、航は気持ちを落ち着かせた。

最初に何を話そうかと考えて、ここはズバリ飾らずに聞いてみることにする。

「あの、私のような未熟者との打ち合わせに、どうして常務でいらっしゃる梶谷様がお越しくださったのでしょうか?」
「ははは!気になりますか?肩書なんて大したことないですよ。実は私は3月まで営業統括部長をしていましてね。入社以来ずっと営業畑にいたもので、ついしゃしゃり出たくなってしまったんだ」
「えっ、こちらの営業統括部長でいらっしゃったんですか?!」

思わず驚いてしまい、慌てて頭を下げる。

「失礼致しました。勉強不足で申し訳ありません」
「いやいや。逆に知られていた方が薄気味悪い。ネットの情報や噂話を信じるより、実際に自分が会ってその人を知る。そうやって仕事をする営業マンの方が私は好きでね。それより、君こそ不思議だよ」
「は?私がですか?」
「ああ。スタークリエイティブエージェントと言えば、広告業界トップじゃないか。色んな意味で有名だろう?」

それはきっとブラック企業として悪名高いことを差しているのだろう。
航は神妙な面持ちで頷いた。

「そんな御社で成績優秀な営業マンとは、どんな人物なのか興味があったんだ。イニシアチブを握ってぐいぐい攻めてくるタイプか、もしくは低姿勢でひたすら相手をおだてるタイプか。それともポリシーなんてかなぐり捨ててカメレオンみたいにその場を丸く収める達人なのかってね。そしたら爽やかで裏表のなさそうな君がやって来た。確認だけど、本当に君は営業マンなんだよね?やけに落ち着いてるけど、まだ20代だよね?」
「は、はい。年齢も職業も詐称しておりません」
「ははは!ますます興味深い。大人の余裕が漂ってるし、あくせく時間に追われて働いている雰囲気もない。ひょっとして結婚してる?良い奥さんがサポートしてくれてるとか?」
「いえ、まだ独身です」
「あ、じゃああれか。人生2周目とか?」
「それは、どうでしょう?おそらく1周目だと思うのですが、確証はありません」
「多分2周目だと思うよ?」
「あはは!」

いつの間にかすっかり打ち解けて、航はリラックスしながら会話を楽しむ。
< 50 / 168 >

この作品をシェア

pagetop