【第二部】天妃物語 ~「私以外にもたくさん妻室がいた天帝にお前だけだと口説かれます。信じていいのでしょうか」~
峠の宿場町にて

 傀儡師一座(かいらいしいちざ)の舞台を観覧したあと、私たちは宿場町にある宿坊(しゅくぼう)に泊まることになりました。
 神社の境内にある宿坊ですが、ここは熊野詣や伊勢参りに出かける上皇や公家が御用達にしている宿坊のようですね。外観も内観も都の貴族の屋敷のように広々として立派なものでした。
 提供された夕餉も腕の立つ料理人によって土地のものがふんだんに使われていて、どれもとてもおいしくて紫紺も青藍も大満足のようでした。
 陽が沈んで燭台の灯かる頃。
 私と青藍は湯浴みを終えて部屋に戻ります。旅の途中に豪勢な夕餉をいただき、沸かしてもらった湯で湯浴みまでできました。旅は過酷なものとばかり思っていたのでなんだか拍子抜けですね。

「いい湯でしたね。あなた、湯の中でうとうとしてましたね」
「あうあ〜」
「ふふふ、気持ちよかったんですね」
「あい」

 青藍が上機嫌にお返事してくれます。
 赤ちゃんの丸くて柔らかな温もり。湯上がりの赤ちゃんとはいいものですね。
 ちゅちゅちゅっ。指吸いをしながら気持ちよさそうに微睡(まどろ)んでいます。このままうとうと眠ってくれるといいのですが。

「戻りました。黒緋様、紫紺、いますか?」

 部屋に戻ると黒緋と紫紺がいました。
 黒緋は渡殿で月を眺めて晩酌を楽しんでいます。その隣では紫紺が気持ちよさそうに大の字で寝そべっていました。湯上がりなので夜風が気持ちいいのですね。

「先にあがっていたんですね。黒緋様、紫紺をありがとうございました。紫紺はわがままをしませんでしたか?」
「大丈夫だ。体を洗うのも着替えも全部自分でしていた。俺がしたことといえば髪を洗ってやることくらいだ」
「オレはなんでもできる」
「それは頼もしいな。だが風呂で泳ごうとするのはやめておけ」
「たのしくなったんだ」
「溺れないかひやひやしたぞ」
「オレはおぼれない」

 紫紺が自信満々に答えました。
 とても力強い言葉ですが大の字で横になったままなのでなんだかおかしいですね。
 抱っこしていた青藍を降ろすと、紫紺の顔を覗きこみます。
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