愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
「でもね、その人にはもうずっと心に決めた相手がいたのよ。彼女を手放してまで地盤を引き継ぐつもりはないと、はっきり断ったそうよ」

 物憂げに小さくため息をつく姿ですら魅力的で、すでに結婚しているのだからという自信が揺らぐ。

「そのお相手が、羨ましいわ」

 どういうことかと顔を上げると、外を見ていた彼女がこちらを向いて私と視線を合わせた。

「私との結婚を受け入れれば将来を約束されるというのに、それを投げ捨ててでも一緒になりたい。そんなふうに深く想われるなんて、素敵じゃない」

 瞼を伏せた彼女があまりにも儚げで、視線が逸らせなくなる。握りしめられた彼女の手は、力がこもりすぎて小刻みに震えていた。

 次に彼女が瞼を開いたときには、激情は去って凪いだ目をしていた。

「父もあきらめが悪くて、何度か説得をしていたわ。最終的にその話は立ち消えたけれど、その間に千隼先輩はあなたとの結婚を決めてしまったのよ」

 私は彼女の事情をいっさい知らずにいたのに、なんだか責められている気分になる。

「私の縁談の話を聞いて、彼は断念してしまったの。ううん、違うわね。私の幸せを祈って身を引いたと言った方が、正解かしら」

 愛しているからこそ、相手の幸福を優先した。それもまた、秘書の男性とは違ったかたちの愛情の裏返しなのかもしれない。そう考えて、胸がズキズキと痛みだした。
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