陰キャの橘くん
「昨日ももさん、酔い潰れて寝ちゃって。方向が一緒だったので僕がタクシーで連れて帰ることになったんです。」
男はフォークをベーコンに刺した。その姿でさえ、絵になる。
「でも住所聞いても、ももさん答えてくれなくて。仕方ないからウチに。」
そう言いながら、パクっとベーコンを口に入れた。その一連の動作が、まるで映画のワンシーンのようで見惚れてしまう。
「で、ウチに入るなりももさん、トイレで吐いちゃって。その時、服が少し汚れて。」

…あぁ。そういうこと。

恥ずかしい。酔い潰れた上に、男の家で吐くなんて。しかも全く覚えてないなんて。色気のかけらもないじゃない。
「…ごめん、なさい。」
ももはうなだれた。
「全然。気にしないでください。」
カップの中で、揺れるコーヒーを見つめる。
「悪いとは思ったんですけど、汚れた服のままだと気持ち悪いかなと思って。それで脱がせました。そしたら。」
男が言葉を切ったので、ももは顔を上げた。
「…え?」
男はコーヒーを一口飲んで、続けた。
「そしたら、ももさんの方からキスしてきて。」
「…。」
「それで、そのままそういうことに。」

…そういうことに?って…。
「あの…そういう場合、突き放してくれてもよかったんじゃ。」
こっちは酔っ払ってるわけだし。それでヤッちゃうなんて、ちょっと普通じゃない。
「あーでも、僕も男なんで。そんなことされたら我慢できないじゃないですか。」
平然とそう言い放ちニコッと笑うと、男は立ち上がった。
「車で家まで送ります。その格好じゃ外歩けないですよね。」
「えっ?」
車?
この人が本当に橘くんだとして…車なんて持ってたっけ?

ももの表情から察したのか、男はまたクスッと笑った。
「コンベンションセンターへはバスの方が便がいいので、車は使ってないんです。あそこ駐車場遠いし。」
「…そうなんだ。」

何だか情報量が多すぎて、頭の中の処理が追いつかない。
「あ、それとも…。」
男がテーブルに身を乗り出して、ももに顔を近づけた。
「もっとゆっくりしていきますか?今日は午後からだし、一緒に出勤するとか?」
「…え。」

男の視線が、ももの大きく開いたシャツの胸元に落ちた。
「でもその場合、僕、また我慢できなくなっちゃうと思いますけど。」
ふっと笑った男の目の奥がギラリと光って、ももは動けなくなってしまう。
「あ…。お、送って…ください。」

なぜか敬語になってしまったその一言を発することだけで、精一杯だった。
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