孤独な少女は優しさに堕ちていく。
9月
9月の半ばは過ぎたというのに夏かと疑うほと、眩しい太陽が地面を照らしつけている。

私、古谷乙葉は玄関の扉をあけて小さくため息をついた。

高校生が登校するにはおかしいほど朝早い時間だが、私の毎日はこの時間から始まる。

もう一度ため息をつき、玄関から出て鍵をしめ歩き出す。

向かう先は両親と弟の眠るお墓。

要するに私以外の家族が眠る場所。

でも、毎朝お墓に向かうものの、一度もお墓の前で手をあわせられた試しがない。

それどころか墓地にすら葬式以来、一度も入っていない。

日陰一つ無い開けた道を歩き続けること約10分。

突然視界が開け、白い砂浜が見えてくる。

その浜から少し離れたところに乙葉の家族の眠るお墓がある。

墓地の前で静かに中を見つめる。

高校に入って、家族のお墓の近くに引っ越してからほぼ毎日来ているというのに、ここから先に進めたことがない。

数分間、動かない足と格闘した。

ずっと進めなかった場所に、今日突然行けるようになるはずもなく、ゆっくりと反対方向へ踵を返す。

そして目の前にある砂浜へ降りていく。

学校に行く時間になるまで、この砂浜で過ごすことがほとんどだ。

日焼けもするし、靴に砂が入ってくる砂浜で毎日過ごすなんて正気じゃないと自分でも想う。

でも、キラキラ光る水面、波打ち際に立つ白い泡、暑いことを除けばここは最高の場所なのだ。

ちらりと目線を地面におくると、視界の端に淡い桜色が見えた。

それは、薄くて今にも壊れてしまいそうな、でもこの世のきれいなものを全て詰め込んだかのような貝殻だった。

引き寄せられるように手を伸ばした。

でも、私の手がその貝殻に触れるより先に、横から伸びてきた大きな手に貝殻がさらわれていく。

「あっ」

思わず小さな声が漏れた。

その小さな声を聞いて初めて私の存在に気づいたとでも言うように、貝殻をさらっていった手の持ち主がこちらを向く。

そしてさも申し訳なさそうに

「ごめんね。これ、君も拾おうとしていた?」

と聞いてきた。

「いや、その、大丈夫です。」

とっさに返した言葉は質問の答えになっていなかった。

その男性はフフッと笑って「はい、どうぞ」と言って貝殻を差し出してきた。

でもその男性に桜色の貝殻があまりにも似合っていて。

私なんかに持たれるよりずっといいんじゃないかと思ってしまった。

「っ、要らないです。ほんとに、」

ものすごく感じの悪い返事だ。

だからといって男性は気にする様子もなく、

「そっか、」

とつぶやくように言って、貝殻をポケットにしまった。

でも、ここからどうしたらいいのかわからなくて、

「学校、遅れそうなので失礼します。」

居心地が悪かった私は、そう言い残して逃げるようにその場をさった。
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