氷の悪女の契約結婚~愛さない宣言されましたが、すぐに出て行って差し上げますのでご安心下さい~

祭礼のあと 01

 眠りから目覚めたネージュは、見慣れない寝具が視界に入ってきたので大きく目を見開いた。
 いつもと違うのはそれだけではない。
 何一つ身に着けていない事に気付き、かあっと頬を染める。

 自分がアリスティードと本当の意味で夫婦になったのを思い出したのだ。

 ここは彼の部屋だ。
 体を重ねたあと、そのまま眠り込んでしまったらしい。

 アリスティードの姿は既にベッドの中には無かった。
 今日は、神殿にて祭礼用具の後片付けを行う『後宴祭(ごえんさい)』と呼ばれる儀式が行われる。
 それだけではない。ナゼールの処遇や市街地で起こった火災など、確認しなければいけない事が山積みだ。

 ネージュは慌てて飛び起きようとして、体の痛みに顔をしかめた。

 人にはとても言えない場所がまだズキズキするけれど、行為自体は……。

 と、思い出しかけて、慌てて思考を振り払った。
 顔が熱い。きっと今自分は全身が赤くなっているに違いない。

(綺麗だって言ってくれた)

 あちこち傷痕だらけの体なのに。
 そして、それを裏付けるように、誓いの口付けのやり直しから始まって、壊れ物のように優しく触れてくれた。

 嬉しい。
 最初は嫌われていたのが嘘みたいだ。

 そして、アリスティードの温もりを感じながら眠ったら、久しぶりに色の付いた夢を見た。

 夢の中で、ネージュは新生児を抱いていた。
 性別はわからなかったが、アリスティードと同じストロベリーブロンドの赤ちゃんだった。
 もしかして、既にここに宿っていたりするのだろうか。

 ネージュはお腹に触れ、幸せな夢の記憶に浸る。

 しかしすぐに我に返り、慌てて壁に掛けられた時計を確認した。
 そして目を大きく見開く。
 時計の短針は二時を差していた。

(お昼の二時という事、よね……)

 辺りは明るい。
 昨夜眠りについた時間を考えると、間違いなく昼間だ。
 ネージュは焦りを覚え、ベッド脇の棚に置かれた使用人を呼ぶためのベルを鳴らした。



 アリスティード付きの従者が来たらどうしようかと思っていたのだが、幸い既に側仕えの使用人達には周知されていたらしく(それも恥ずかしいのだが)、ベルの音に応じて室内に入ってきたのはミシェルだった。

「よい午後ですね、ネージュ様」
「そうね、ありえないくらい寝過ごしてしまったわ」

 ネージュは頬を赤らめた。

「今日はゆっくりお休み頂いて大丈夫ですよ。面倒なお仕事は全部旦那様に押し付ければいいんです」

 ミシェルは相変わらずアリスティードに手厳しい。
 渋い表情をしながらも、ミシェルはネージュの身支度を手伝ってくれた。

「昨日ネージュ様を危機から助け出したのは旦那様ですし、ネージュ様のお気持ちも知ってはいるから、祝福するべきなんでしょうけど……遂に、と思うと複雑です……」

 悲しげに告げられ、ネージュは思わず苦笑いを浮かべた。

「アリス様の妻としては窘めないといけないんでしょうね。でも、ミシェルが私に寄り添ってくれるのは嬉しいの。だから何も言えないわ。駄目よね」

「お、奥様が、駄目なんて事は絶対にないです! 今後は……その、気を付けます」

 ミシェルはしゅんと項垂れた。そして深くため息をつく。

「もう! そんなに幸せそうなお顔を見たら、旦那様を認めるしかないじゃないですか! おめでとうございます」

 やけくそのようなミシェルの祝福に、ネージュは思わず笑みを漏らした。

「そうだ。アリス様は?」

「後宴祭の為に神殿に行かれてます。さすがは元軍人というか、体力のある方ですね」

 ミシェルによると、いつも通りの時間に起きて、午前中から予定通りに活動しているそうだ。

(ほとんど眠っていらっしゃらないのでは……)

 ネージュは心配で表情を曇らせる。

「きっと早めにお帰りだと思いますよ。旦那様のお疲れを癒して差し上げるためにも、奥様は今日はゆっくりなさって下さい」

「そうもいかないでしょう。火災やナゼールの事もあるのに……どんな状況か、知ってる範囲で教えてくれない?」

 尋ねると、ミシェルはため息をついて、彼女が把握している情報を教えてくれた。

「火災の事後処理は領都の警邏隊に委ねています。残念ながら何名か死者が。死傷者数や被害状況は、後日警邏隊から報告があるのではないかと思います」

「ありがとう。ナゼールは?」

「あの悪徳弁護士は屋敷の地下牢です。取り調べは旦那様が直々になさると」

「妥当ね」

 ナゼールについては内々に取り調べ、おそらく私的に『処理』する事になるだろう。
 侯爵家の当主を騙し、その妻を攫おうとしただなんて明るみになったら、この家の名誉に関わる。

 尋問の結果アリスティードがどのような決断を下しても、当主の妻としてネージュは支持するつもりだった。
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