憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
 渋々先に寝ると告げた彼女を送り出し、どれほどの時間が経ったのか。
 私は時折意識を失いながら、幼少期のことを思い出す。

『お母さん……。早く帰ってきてよ……。私を一人にしないで……! 暗いのやだ……怖いよう……!』

 ――過去のことは、振り返らないと決めたのに。

 父親から金銭的な援助を得られなかった母は、夜遅くまで働いていた。

 夜中に目覚めた私は彼女を求め、涙を流す。

 どんなに泣き叫んだところで誰も助けてくれないのだと知ってからは魘されることなどなくなったけれど、そうした経験がトラウマ になっているのも事実であり――恐ろしい事実に気づいてしまう。

 もし、航晴の操縦している飛行機に何かあって。彼が帰らぬ人になってしまったら?

 家庭を守ると誓って働くことをやめたら。
 私は自宅で、その悲報を聞くことになるだろう。

 ――耐えられるのかしら。

 彼がいなくなった時。
 CAを続けて、同じ便に乗っていれば。

 そうやって後悔しないと思えるなら、辞めればいい。
 でも、そうやって割り切れないときは……。

「――千晴?」

 待ち望んでいた声が聞こえた瞬間。
 相手が誰であるかを確認することなく、私は彼の胸に飛び込んだ。

「……航晴……っ!」

 嫌なことばかりを考えていたからでしょうね。
 瞳からは涙が溢れて止まらない。

 私を抱きとめながらなぜ泣いているのかと不思議そうにしていた彼は、頬から流れる雫を指で拭うと、低い声で問いかけた。

「何があった」
「ふ、不安、で……っ」
「……ゆっくりでいい。千晴の気持ちを、教えてくれ」
「……私……っ!」

 弱い自分を見せるなどみっともなくて、縋ってはいけないと思っていたのに。
 航晴から促された私は、ずっと伝えられなかった気持ちを告げた。

「怖いのよ……!」

 一人になることは、恐ろしいことだ。

 いつか私の元から消えて、いなくなってしまうのではないかと不安で仕方がない。
< 116 / 139 >

この作品をシェア

pagetop